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2017.04.24

体と動きの理解 知っておきたい人間の発達①

運動指導者やトレーニング指導者はヒトの発達について学ぶ必要がある。ヒトの発達は、医療・保健関連の専門教育が開始された1960年代頃から「人間発達学」という名称のもと学ばれるようになった。当初この学問体系は障害を有する子供達への理解を主な目的として体系作られたものであったが、運動学習やスキル獲得の根幹を成すものである事から、今日では体育学・スポーツ科学領域内の一般教養としても位置づけられている。

近年では、発達運動学を実践的な形式に転化した運動理論が提唱され、国内においてもそれを契機に発達と運動の関わりに対し注目が集まっている。実際の方法論を見てみると、「乳幼児の呼吸を模倣する」や、「ハイハイをして自然な動きを獲得する」等、乳幼児の活動を模倣する域を出ていないものが多い。

成人と乳幼児では気道・胸郭・腹壁筋群等呼吸に関わる器官の形状が少し異なるため、成人が乳幼児の呼吸や運動を模倣する事でどのような恩恵を得られるのかは全く不明だ。ヒトがチータの走る真似をしても速くは走れないし、鳥が飛ぶ真似をしても飛べない。形態が違う生物の真似をしても、意味が無い場合が多い。

そもそも、人間発達学を学ぶ事の本質は、乳幼児の運動の模倣方法を学ぶ事にあるのではなく、発達過程と「人らしさ」の形成過程について触れる事にあるのではないだろうか。

ヒトは生後、頸定から原始反射の統合、寝返りからずり這い等様々な段階を経て二足歩行を獲得していく。ヒトの発達運動の1つのゴールは直立二足歩行であると考えられるが、この二足歩行の目的は移動に他ならない。多くの生物は植物と異なり能動的に他者を捕食して生命維持のためのエネルギーを獲得する必要がある。能動的捕食という行動はほとんどの場合に「移動」を伴う。この事から「移動能力」の有無が生物の繁栄の絶対的基盤になっている事が分かる。移動能力に優れた生物は捕食機会に恵まれる可能性や、他者からの攻撃から逃避できる可能性が高まるだろう。

チーター等の大型のネコ科哺乳類は移動速度が非常に速いが、彼らの生活における食物探索や食物追跡行為の時間は爬虫類等と比較して圧倒的に少ない事が知られている。これは生命の維持に不可欠な捕食活動を高度な移動能力によって短時間のうちに達成しているためと考えられるが、その結果として生活に余剰な時間が生まれ、休息や仲間同士のコミュニケーションといった活動を行えるようになる。つまり、移動能力の向上は生物のライフラインの確保から、さらには文化的活動の創出のきっかけにもなっている事が分かる。

ヒトの場合、生後1118ヶ月にかけて二足歩行を獲得していくが、一度二足歩行が可能になるとそれまで盛んに行っていた四つ這い移動はほとんど行わなくなる。立つ事で手が自由になり、自由な手による物体の探索や操作を行いたいという本能的欲求が「立ちたい意思」の根底に存在すると考えられる。これは、移動能力の向上により文化的活動が創出される最たる例だと言えるだろう。

子どもは自身が興味をひかれる対象や、他者の興味をひくために「指さし」や「クレーン」という行為を盛んに行う。こうした事からも子ども達にとって「手」が外界や他者への関わりの象徴となっている事や、「手」が好奇心の先導となっている事が分かる。

また、速い速度での四つ這いやつかまり立ちが可能な頃にはそれまでの喃語やクーイングと言われる音の羅列から、意図を持った言葉を発するようになる事が知られている。特に二足歩行が可能になると明瞭な単語を用いた会話が可能になる事も少なくない。二足歩行という行為によって活動環境が拡大され、「自己と母」だけの世界から能動的に脱出し、「外界への働きかけ」の必要性に応じて言葉が発生するのだろう。「歩く事が言葉を産んだ」と言えなくもない。

また、二足歩行による外界の探索は母と物理的にも心理的にも離れる事を意味している。絶対的安心と言える母の下から離れ自らの意思を持って活動する事は「不安」という感情を認識させ、その不安を克服し新たな環境を探索する事が自らに対する効力感を生み「自信」という感情が作られる。

このように、「立って歩く」という行為1つとってもそこには根源的「人らしさ」の基盤があふれる程存在している事に気が付く。

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業

□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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