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2017.05.26

体と動きの理解  知っておきたい人間の発達②

子供に関わる事がある方なら、「イヤイヤ期」という言葉を耳にした事があるのではないだろうか。イヤイヤ期は「魔の2歳児」などとも呼ばれ、親の言う事ほとんど全てに「イヤ!」を繰り返し、時には泣き叫んで暴れ抵抗を示す行動が顕著となる。言葉によるコミュニケーションが未発達な時期からイヤイヤ期が始まるため、育児の悩みのタネとなっている。

しかし、このイヤイヤ期には運動や認識の発達と強い関連が見られ、成長には欠かせない時期であると考えられている。

1歳後半から2歳にかけて、多くの子供は「移動」という能力に飛躍的な発達を見せる。それまではつま先が外向きでフラフラと覚束ない足取りであったものが、進行方向につま先が向き、走っても転倒する事は少なくなり、障害物を回避しながら動き回るなど、より安全で能動的なロコモーションを獲得していく。

今までは平坦な地面での移動を楽しんでいたが、それでは飽き足らず、より三次元的な地形、例えば段差や坂、窪みなどの中で移動する事に楽しみを見出すようになる。この事により前庭系と体幹・四肢の協調性が賦活され、児童期に続くより活発な身体運動の基礎が作られる。

こうした3次元的世界の中での移動能力の向上は時に転倒や落下などの危険との出会いでもあるが、同時にそれらへの不安を自らの行動によって克服するチャンスでもある。

例えば高い段差を自力で降りようとする時や椅子によじ登ろうとする時、子供は真剣な眼差しで対象物を見つめ、どうやって行いたい動作を達成するか模索する。こうした子供の真剣なチャレンジは、自分の模索した動作とその結果として起きる結果の因果関係を理解しているから発生する事であるが、この因果関係の理解という経験が自己効力感を育てる契機ともなっている。

ある行動は成功体験を生み、ある行動は失敗体験を生む。この時期は身体活動からこうした因果関係を学ぶ事が多いが、こうした経験が後の勉強や仕事などの文化的活動を遂行する素地を形成していると考えられる。

移動する事が自己への自信を生み、その自信がさらなるチャレンジを生み、成功や失敗の経験が自信を育てる。そしてこの自信が世界における「私」という認識を形成する。

また、2歳になる頃には「語彙爆発」という現象が見られ、飛躍的に会話に使用される語彙が増える。語彙の増加は他者への働きかけをより豊富にさせ、「私」と他者という関係性をさらに鮮明化させる。

 

身体活動や言語発達などにより形成されていく「私」という認識は、それまで完全に親の保護の下にいた子供達が、自分は親とは独立した存在であると気付くきっかけとなる。今までは完全に親の庇護のもと受動的に生活していたものが、「私」という存在を認めてもうら事に対する欲求が強く現れるようになる。これが「イヤイヤ期」だ。

この名前の如く何に対しても「イヤ」なのではなく、親に言われた事に対して反抗する事で自らの存在を認識しているのだろう。

子供としては成長した自分が親の言う事を聞かなくても様々な事ができるのを親に見てもらい、褒めてもらいたい。しかし親の言う事を聞かなくては叱られてしまう。この時期は自己の主張と他者の主張が相反する時にどのように行動するかを学習する時期でもある。

親が子供を抑制しすぎれば自主性が乏しいまま成長するかも知れない。しかし、子供の主張通りに行動させればセルフコントロールができないまま成長するかも知れない。こうした葛藤した状況下での行動選択は成長過程や成人後にも度々遭遇するシチュエーションであり、個人が葛藤の中でどのように行動するかの原型がこのイヤイヤ期に存在していると言えるだろう。

このイヤイヤ期はおよそ3歳で軽減していき、4歳頃に終わりを迎える傾向があると言われる。この時期に多くの子供は保育園や幼稚園で「仲間」と出会い、「親対私」という世界から「多数の子供対私」という世界を知るようになる。子供対子供の世界では、対親ではあり得ない対等な関係がお互いに構築され、対等な関係は共感という感情を生む。この共感という感情こそが他者の存在を容認するきっかけとなる。他者と共感するからこそ、自分の主張ばかりではなく他者の主張に耳を傾け、仲間を形成していく。その過程において自己主張とセルフコントロールの平衡を学習していく。

この過程は競技にも通ずる部分があり、「コーチ対選手」、「選手対選手」に置き換える事ができる。

自主性が高い選手が多いチームの指導者は目標の設定や共有の仕方が巧みで選手の共感を引き出す事が上手い場合が多いように思うし、自主性が低くセルフコントロール不全な選手が多いチームの指導者は過度に支配的で選手を人間扱いしていないような場合が多いように思う。 競技の結果はどちらの指導者の方が良いのか一概に言えない場合が多いが、人としての人生を考えた場合にどちらの方が良いのかは明白なのではないだろうか。支配的な指導の下で成長して、人として壊れてしまった選手は少なくない。

「自己の形成」という人間発達に目を向けると、新たな角度から指導論が見えてくるのではないだろうか。

 

※こちらも合わせて読んで頂けると理解が深まります。

体の動きと理解 知っておきたい人間の発達①
https://fcl-education. com/training/performance/fcl-human-body-movement/

体と動きの理解 知っておきたい人間の発達③
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/fcl-sports-fun-play-football/

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業

□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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