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2017.07.18

ブラジルにおけるサッカーと日本におけるサッカーの違いを考える

W杯世界唯一の全大会出場・最多優勝。煌びやかな欧州クラブにあっても活躍しているのは実はこの国の人間なんて事もある。今回は言わずと知れたサッカー大国・ブラジルの育成事情を、ブラジルでサッカー指導者をしている筆者・平安山(へんざん)から述べさせて頂きます。ペレ、ロナウド、ロナウジーニョ、カカ、ネイマール。ブラジルサッカーは如何にしてスーパースターを産んできたのでしょうか。

サッカーと共に生きる

まず始めに、ブラジルと日本だとサッカーの人気度・浸透度・歴史が違います。これを言ってもつまらないかも知れませんが、しかしこれは全ての源としてやはりとても重要な事です。日本サッカーのプロ化がスタートして25年。10クラブが産声をあげたのは久しく、現在ではJ1〜J3まで54クラブが日々競い合うまでに急成長しました。大まかに言うとだいたい「1都道府県に1クラブ」の形になっています。Jリーグ創設時が「1地方に1クラブ」程度だった事を考えると、成長が伺えます。

それではブラジルには幾つのプロクラブが存在するかご存知ですか?何処からをプロと呼ぶのかなどで諸説ありますが、多い説だとなんとブラジルには約800近いプロクラブが存在すると言われています。「1つの街に1つプロクラブ」が存在する様な感じでしょうか。

それだけのプロクラブがあると、小さな大会にもプロクラブのスカウトや指導者が来る可能性は高まりますし、ストリートサッカーですら地元のプロクラブ関係者が目にする機会は増えます。勿論入団テストのチャンスも沢山あります。そして地元のプロクラブに入った後にもまた他の街のクラブと試合をして、良いプレーをすればまた更に格が上とされるクラブからスカウトされます。

日本人は真面目なので、勿論小さな大会や練習試合でもそれなりには一生懸命やるでしょう。しかし、それでもスカウトが来ている場面だとやはり日本人でもモチベーションは普段とは違ってくるはずです。本気のつもりの、更にまた上の本気の試合が出来るのは子供達の成長にも影響が出ます。真面目さは日本人の方が上ですが、もしかすると本当の本気の場面はブラジルの方が上かも知れませんね。

筆者が時折感じる事の1つなのですが、「言葉だけでやる気を出そうとする日本人、言葉と仕組みでやる気を出させるブラジル人」という違いがある気がします。日本人の中でブラジル人指導者はただ言葉を熱く語っているだけだとイメージされる方もいらっしゃいますが、もしかすると逆に我々が表面的な部分にしか目が向けられていなかったという発想も出来ます。

仕組みや制度というとブラジルよりむしろ日本の方が得意そうなイメージですが、サッカーにおいては逆の現象が起きています。言葉だけだと表面的であったり一時的なモチベーションしか続かない事も多いです。そういう意味では言葉と制度と、両輪を大切にすべきかなと思います。

サッカー以外の場面でも「頑張れ」も嬉しいですが、しっかりと目標が定まり、成果が出ると対価が変わり、体調管理などの制度も両方あると、より成果を出そうと頑張れるのではないでしょうか。目標や目的は何かを成し遂げる時には大切です。自ら進んで成果に向かう様になるからです。

「スカウトが来ているから緊張して硬くなってしまう」なんて事もあるかも知れません。

ただ、ブラジルには800ものプロ・セミプロクラブがあり、クラブによっては毎月セレクションをしているクラブもあります。チャンスは1度ではありません。大人になるまでにそれだけの場数を経験すれば、大舞台に強い選手が生まれるのは想像に難くありません。

家族を背負う

筆者がJ3クラブ、FC琉球で通訳をしていた時、3人のブラジル人選手と共に日々を過ごしていました。白人、黒人、混血。性格も同じブラジル人とは言っても違いがありましが、3人ともブラジルに残した家族の生活を助ける事は決して忘れませんでした。現カターレ富山のパブロ選手は当時まだ19歳で陽気な性格なのですが、しかし家族の生活となると途端に真剣に考え、毎日家族と電話していましたし、仕送りもしていました。

ブラジルは深刻な貧困問題・所得格差問題があります。母国語の文字を読み書き出来ない国民が約10%いると言われています。1ヶ月の給料が5万円以下と聞いても珍しいほどではありませんし、貧民街では月1万円で生活なんて方もいます。月1万円で生活している様な家庭では、子供も学校に行けず、道端で物乞いをして当面を凌いでいたりします。

しかし大人になるとやはり子供の頃より情けでお金をくれる人は減るでしょう。子供の頃に学校に行けず、文字も読めなければ、働こうにもそうそう働き口がありません。本人の努力不足だけで片付けられない貧困問題がブラジルにはまだ存在しているのです。

そんな貧困から抜け出すのに、サッカーが機能している一面も実はあります。ブラジルでは小学生くらいの子供でも、クラブや代理人から少額ですがお小遣いを貰うのが珍しくありません。ほぼ全てのプロクラブで食事の提供があり、遠くの街出身の子のために寮もあるのが普通です。それがネイマールクラスになると数千万円のお金になりますし、例えば本人だけでなく兄弟の学費までクラブが負担するなど、子供の頃から家族を支えられるのです。

勿論将来億万長者クラスにまでなれるのはブラジル人でも一握りですが、子供の頃に学校に行けるだけのお小遣いと食事提供、それだけでも多くの家庭を救った事でしょう。

前項で、「ブラジルには沢山のクラブがありチャンスがある」というのを語りましたが、家族を支え、自分を守るためにその試合にかける本気度。試合で活躍し、ドンドン能力を上げ、より待遇の良いクラブに入ろうという気持ちには、真面目さだけでは気持ちの強さとして足りない気がします。

決して貧困になれとは思いませんが、この気持ちに対抗するだけの強い気持ち、日本人に合ってるのは本当にサッカーが好きだ、絶対に夢を叶えるのだという精神を宿さないと、気持ちの強さという面ではなかなか難しい気がします。

ジョガール コン アレグリア

ここまでブラジルの生活や現実の面を説きましたが、当然ブラジル人も夢を持ってプレーしています。

“Jogar com alegria)”(ジョガール コン アレグリア)

という言葉を聞いた事はありますか?

「喜びと共にサッカーをする」と言う意味のポルトガル語で、ブラジルのサッカーシーンでよく聞く言葉です。楽しんでプレーするというと、当たり前の事に聞こえるかも知れませんが、これは原点としてとても重要な事です。ブラジルではカネッタ(股抜き)やシャペウ(頭上通し)のプレーがあるとスタジアムが非常に盛り上がります。試合後にプロクラブの公式SNSで公開したり、そしてそれが拡散。何回も再生されます。

勿論基本的には普通にプレーしますが、たまにの遊びとしてこういったプレーが時折現れるのです。一見には無駄にも見えるこういった遊びのあるプレーですが、でもこの無駄が制限なくアイディアを生み出す創造的プレーの数々や、プレーを楽しむという最も気持ちを出してくれる役割の一面を果たしています。

あまりにもふざけて見境い無くなるのはブラジルでも良くないものですが、ふざけるのではなくて、楽しむ。無駄そうに見えて、心に余裕を与えてくれるという意味では、重要な無駄でもあります。

強いモチベーションは、好きや楽しいから生まれます。努力は夢中に勝てないとよく言われます。嫌々ながらやっている努力は集中力や工夫も起きにくいですし、長時間・長期間は続きません。好きなものなら長期間何の苦労もなく続きます。日本人の真面目さはブラジルに対して強みだとは思います。良い事です。ですが、”好き”も大切にしていかなければなりません。

フィジカルトレーニングの重要性

ブラジルの育成年代ではフィジカルコーチが重宝されています。育成部に限れば、プロ選手出身の監督と同じくらい、フィジカルコーチ出身の監督もいます。プロカテゴリーで有名なのは鹿島アントラーズで史上唯一Jリーグ3連覇を果たしたオズワルド・ジ・オリベイラ監督でしょうか。Jクラブだと下部組織全体で1人のフィジカルコーチがいるかいないかというのが一般的かと思いますが、ブラジルだと各年代に1人フィジカルコーチ兼サポートコーチがいることが多いです。

勿論フィジカルコーチはキチンと大学の体育学部で専門的な知識を身に付けています。ブラジルだとU13あたりまではコーディネーショントレーニング(体作り運動)、U15あたりからは筋肉トレーニングを行います。いずれも専門知識を持ったフィジカルコーチが指導しています。日本人とブラジル人で筋肉量や質、才能の差もあるのかも知れませんが、しかしそれだけでも無い部分もやはりまたあると思います。

ブラジル人が巧みなフェイントやスピードを見せるのは幼少期のコーディネーションが活きているし、パワーに優れているのはU15から週3日ほど行われる筋トレが活きています。日本人と強豪国の身体的能力差は、才能や人種だけでなく、実は指導にも少なからず理由があるのかも知れません。

 

※こちらも合わせて読んで頂けると理解が深まります。

世界のサッカー強豪国に学ぶ アルゼンチンサッカーの根本
https://fcl-education.com/training/performance/world-junior-football-argentina-soccer/

日本とスペインの育成の違い
https://fcl-education.com/raising/independence-coaching/fcl-spain-football-world/

 

 

執筆者
平安山良太

小学生よりサッカーを初めるが、ケガにより早期挫折。若くして指導者の道へ。日本で町クラブ、部活、Jクラブで幼稚園~大学生まで幅広く指導者として関わり学んだ後、海外へ。東南アジアのカンボジアンタイガーの全身クラブやラオス代表チームで研修の後、ブラジルへ渡り、ブラジル1部Atlético ParanaenseのU14でアシスタントコーチを務めた。2014年5月からはクラブワールドカップでも優勝したSC Corinthiansでアシスタントコーチを務めるかたわら、日本に向けて情報発信を始める。2015年10月からはAvai FC、2016年前半はJ3のFC琉球通訳、後半からはコリンチャンス育成部に復帰。2017年はブラジル1部のECバイーアで研修生指導者からプロ契約を目指している。ペルー1部のアリアンサ・リマや、メッシを育てたアルゼンチン1部のニューウェルスなどでの研修歴も。

twitter:http://@HenzanRyota
mail:ryota_henzan@yahoo.co.jp

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