栄養論 栄養と体

2017.01.25

小手先の手段ではなく、根本から「栄養」を見つめ直そう

 「高タンパク食で筋肉を増強」「野菜から食べて血糖値の急上昇を防ぐ」「グルテンフリーで思考をクリアに」ということに代表されるように、現代の栄養情報といえば、小手先の手段が語られることがほとんどです。パフォーマンスを上げていくためには、その前にもっと考えるべきことがあるのです。

人間が分析し、頭で組み上げた現代栄養学を一度横に置いてみる

 パフォーマンスを上げていくため、練習だけでなく日々の食事にも氣を配っていることと思います。あなたは、食事の何に氣を配っていますか?

 食材のカロリー、糖質やタンパク質といった栄養素、間食(夜食)の回数など、いろいろな柱が存在しますが、まずは「栄養」の定義から一緒に考えてみましょう。

『栄養とは、生物が体外から取り込んだ代謝に必要な物質に化学反応を起こし、体成分の合成やエネルギーを獲得して、これを生活活動・成長・生殖などに利用する状態をいう。もし、生物のこの状態が止まれば死であり、無生物となる。(Nブックス 改訂基礎栄養学より)』

 私たち人間が体外から取り込む物質といったら、動物と植物です。それゆえ、動物と植物がもつエネルギーを数値化し、それをいかにバランスよく、かつ効率よく摂取していくかということに目を向けているのが現代栄養学です。

 しかし、栄養を語る上で絶対に避けて通れないのは、数値化しにくい(目に見えない)エネルギーこそ把握すべきである、ということです。脳が支配するこの情報化社会では語られることが少ないばかりか、あえてそれには目をつぶってしまう場面すら見受けられます。人間同様、取り込む動物と植物にも数値化しにくいエネルギーが存在しているのです。

数値化できないエネルギーの筆頭は、命

 最初に断言致します。カロリーや栄養素にしか目を向けていない現代栄養学のみを指標にしているようでは、あなたが関わる個人やチームのパフォーマンスは上がっていきません。なぜなら現代栄養学は、人間が頭で分析し組み上げた学問であり、机上で考えられたものでしかないからです。そのような狭い視点は、「食べ物を食べている」というよりも、頭で得た「情報を食べている」という風にも言い換えることができます。

 現代栄養学が日本に広まったのは1910年頃。ということは、まだたった100年程しか経っていないということになります。人類の長い長い歴史からすると、つい最近といった感じです。現代栄養学が広まる前は、どのようにして「食べ物・栄養」と向き合っていたのでしょうか?あなたのご想像通り、旬(季節)・土壌、視覚・嗅覚・触覚・味覚といった数値化しにくいような「感覚」だったことでしょう。

 それら数値化しにくいエネルギーの筆頭は、「命」です。豚の命は80、カツオの命は60、キャベツの命は20というように、数値化することはできません。当たり前のことですが、命は命なのです。私たち人間と同じように、代々受け継がれてきた動物・植物の命を頂く行為が、すなわち「栄養」なのです。

数値化しにくい(目に見えない)エネルギーをしっかりと考えた上で、カロリー・栄養素などの現代栄養学を活用していくことが、パフォーマンスを上げていく栄養の土台となります。数値化しにくい(目に見えない)エネルギー、その筆頭が動物・植物の「命」です。 

 

執筆者紹介
久保山誉 
□保有資格
NESTA(National Exercise & Sports Trainers Association)認定
ニュートリション(栄養学)スペシャリスト
ダイエット&ビューティースペシャリスト
シニアフィットネストレーナー
ファイトライフトレーナー協会認定 ファイトライフトレーナー

静岡県生まれ(1976年)。高校時代よりレスリングを始め、大学時代に総合格闘技に転向。総合格闘技「修斗」にて、世界バンタム級4位まで登りつめる。基本的性分として「めんどくさがり屋」であるため、格闘技時代の減量においても「いかに楽にできないか」「心と身体にストレスがかかりにくい減量法はないか」と常に模索を続ける。その傍らフィットネスクラブで働き続け、個別運動指導6,000回以上、個別栄養指導600人以上を実施。60回以上に亘る自らの減量体験と、クライアントの減量体験を体系化し、「いかに楽にストレスをかけずにボディメイクをするか」ということを、書籍「たった10個のルールで疲れ知らずの極上の健康を手に入れる食事術」にまとめる。

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