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2018.01.19

スポーツ現場の仕事において最も大切な事 答えのない世界において

様々なテーマで気ままに続けさせていただいた連載も、今回をもって最後となります。

どういったテーマで本連載を締めくくるのか試行錯誤しましたが、「スポーツ現場の仕事」において最も大切な事についてお話をさせていただきたいと思います。

「大切な事」などと言うと大仰だけれど、例えばあなたがトレーナーだったと仮定して、こんな事が起きた時にどう行動するだろう?

選手A(大学4年生)は1軍と2軍を行ったり来たりしているレベルのプレイヤーだが、チームとして最大の目標とする秋大会の前に行われたチーム内スクリメージに招集された。

ここでまずまずの結果を残せば、大学生活最後の秋大会は1軍登録選手としてベンチ入りや、戦術状況によってはプレイタイムをもらえるだろう。

しかし、チーム内スクリメージ当日の朝、Aからトレーナーに「誰にも言わないで欲しいんだけど、実は昨日熱が出て…インフルではないけど身体はきつい。でも最後のチャンスだからやるだけはやっておきたい…。どうしたらいいですか?」

あなたならどうするだろうか?コーチにそのまま事実を伝える?もし自分がこの事を聞かなかった事にすれば選手はプレイできる。

しかし熱で正常な判断ができずにケガや事故に繋がったら…。もし選手がインフルエンザに罹患していたら…。しかし、最後の学年の最後のチャンス、この選手が誰よりも努力していたのは良く知っている。できれば納得のいく引退を迎えてほしいけど…。

またはこんな事もある。選手Bは非常にパフォーマンスの高い選手で、チームでも主力の一角。現在のチームは非常に規律が厳しく、パフォーマンスの高低だけでなく人としての振る舞い方も選手に求められている。

今日は大切な試合の前日だが、トレーナーの私は選手のケアが全て終わり、気分転換に宿泊ホテルから少し離れたコンビニで買い物をした。店を出た瞬間、酒に酔いながら歩く選手Bと遭遇してしまった。

Bは「こんな所までトレーナーさんが来ると思わなかった。この事はコーチには内緒でお願いします。ばれたらマジでやばいんで。」 

あなたならどうしますか?もし選手の飲酒がコーチに知れたら、Bがベンチ登録から外される可能性がある。コーチはそれくらい規律には厳しい。しかし、もしBが外されたら、試合に勝てるかどうかは微妙になってくる。

明日の試合に勝てばプレイオフ進出決定、オーナー会社からボーナスも出る。私が黙っていれば、何も見なかった事にすれば、何ら問題はない。

しかしコーチの求めるチーム像として、こうした行動をする選手を許容してしまって良いのか?誰もが生きるために鎬を削っているこのチームで、わずかばかり才能があったからといって現状に甘んじて大切な試合の前日に酔っ払って街を闊歩するコイツを野放しにしていいのか…。

オンフィールドではこんな事もある。3人の自チームの選手が、ほぼ同時にコート内で倒れた。3人とも密集内での激しいコンタクトの後だ。

3人とも膝を抑えて呻いている。トレーナーは自分一人しかおらず、3人同時に対応するのは困難だ。どの選手を優先して対応するのか?

 あなたならどうしますか?岡目八目と言う通り、ワンオペでコンタクトスポーツをサポートするなよとか、緊急対応マニュアル作って練習しとけとか、様々な意見があるだろう。

しかし、ほんの少しだけ想定を超える何かが発生した場合、「マニュアル」などと言うものは役に立たなくなってしまうものだ。

ここに挙げた3つの例は、実際に起きた事を基にしており、対応を迫られたトレーナーがどのように決断したのかを私は知っています。

もし、皆さんだったら、それぞれの出来事にどのように対応しますか?

私達の仕事というものは、常に決断の連続だ。傷害の対応をする時、トレーニングの方針を決める時、選手の質問に答える時、コーチと練習量について協議する時、契約交渉をする時、等々…。

判断する内容は様々だが、その決断には2つの種類がある。

絶対的正解があるものと、そうでないものだ。

そして私達が決断を下さなければいけない多くの状況が、「絶対的正解がない」ものだ。

学校教育で受ける「教育」というものは、そのほとんどが情報の暗記であり、その情報を組み合わせて社会の中で活用する方法については無頓着だ。

トレーナーが受ける教育もまた同様で、解剖学や生理学等のわずかばかりの人体に関する知識の暗記と、テーピングや基礎的なトレーニング種目といった画一的な技術の習得に重点が置かれている。

そこには、「何かを決断する時にどうすればいいのか」は全く含まれておらず、常に絶対的正解が存在しているかのように錯覚を抱かせる教育方法が取られている。

暗記力や画一的な技術の習熟が高く評価される環境は、均一化された思考方法や行動様式を育てることが容易になる。

例えばファーストフード店のマニュアルは非常に作りこまれていて、誰がやっても同じような事ができる、という目的を叶えるには最適だ。

そこには「決断」という属人的要素が存在しない。

しかし、実際に私達が決断を下す先にいるのは人間であり、下した決断に対する反応は百人百様と多様であるため、均一化された思考方法や行動様式だけでは、トレーナーと選手間の相互的なコミュニケーションをとる事さえ困難になるだろう。

先に挙げた3つの例は、絶対的な正解など存在せず、均一化された思考方法や行動様式だけでは対応不能な良い例なのではないだろう。

絶対的な正解が存在しない中で決断を下すためには、一つの情報を様々な角度から考えてみたり、チームの様々なステークホルダーの立ち位置に立って考えてみたり、個人の哲学的な思想を深めたり、何らかの宗教的意思に沿う事だっていいだろう。

つまり第一には、「能動的に考える」という行為が大切で、その「能動的に考える」という行為が、ある決断困難な出来事に対する自分なりの「思考」を生み、他者を納得させる「決断」を生むのではないだろうか。

最後に、こんなクイズを行ってみてもらいたい。

1 2 4 8

3 6 12 24

5 ? 20 40

?に入る数字はなんでしょう?

答えは…

6〜19までの数字なんでも正解。

世間にあるものの多くが、この問題のように「見せかけの絶対」に満ちている。

特にスポーツのような絶対解の存在しない世界こそ、「見せかけの絶対」が溢れている。

常に常識を疑い、能動的に考える事を止めてはいけない。今日の常識は明日の非常識かも知れない。自分の常識は他人の非常識かも知れない。

知識や技術なんてその程度のものだ。

だが、「考える力」はどんな状況のもとでも人生を照らす。それこそが、私が思う「スポーツ現場の仕事」において最も大切な事だ。

 

 

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業

□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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