ドリブルとリフティングとサッカーの競技力

育成年代では「技術の向上が大事」と言われることがある。

そもそも「技術」が何を意味するのかは全く語られないのだが、どうやら、ドリブル、ボールタッチの質、ボールフィーリング(感覚)を向上させ、ボールを自由自在に扱えるようになることを目指しているようだ。

だから、様々な足や体の部位を使って、多種多様なリフティングやコーンドリブル、足技・テクニックのドリルが行われていたり、「神経系への刺激」というキーワードを用いて、他の感覚も動員しながらリフティングやドリブルをするドリルが盛んに行われている。

そして、この手のドリルは、見た目の奇抜性や話題性、数をこなせば「ある意味において誰でも」できるようになるので、目に見える成果や達成感が得られたり、やっていて楽しいこともあってか、確からしさを伴いつつ、広く受け入れられている。

それだけで上達するということはありえない

ただ、ドリブルやボールタッチの質、ボールフィーリングというものは、他の様々な要素を無視して

「ボールを自由自在に扱えるようになれば、思ったようにプレーができるようになる」

「ボールフィーリングはすべてのプレーの基礎だ」

という風にして「絶対化」されやすく、それ自体が「自己目的化」してしまうことがある。

本来、トレーニングとは競技力向上のために行われるものであり、競技力とは、スピード パワー 持久力 調整力(可動性を含む) 心理 感情 戦術 技術(判断を含む)など、「多面的かつ統合的な現象」ということを忘れてはならない。

ボール扱いは上手いのにサッカーは下手

ボール扱いは上手いのにサッカーは下手。

練習では上手いのに試合では下手。

例えば、フリースタイルの選手が試合で通用するかどうかと言われたら、間違いなく通用しない。

だから、ボールを上手く扱えることが「無条件」に競技力向上に繋がる訳ではない。

試合では、コーンドリブルや足技が上手い選手が、一対一に強いという訳ではない。ボールを奪われないという訳でもない。

リフティングをたくさんできる選手が、パスやトラップの質が高いという訳ではなく、リフティングパス20mの距離ができたからといって、パスやトラップの質が高いという訳でもない。

逆に、多種多様なリフティングやドリブル、足技をやったことがなくても、いざそれをやってみたらできてしまったり、試合でのパフォーマンスが高い選手は幾らでもいて、それはなぜなのか?と考えてみることが重要だ。(そういう選手は才能がある、という単純化や思考放棄もやめた方が良い)

ボールを自由自在に扱えることが重要なのではなく試合でパフォーマンスが高いかどうかが重要であり、そのためのトレーニングでなければならない。

そういう意味において、手段が目的化しないこと、木を見て森を見ずにならないことを、常に意識しておく必要があり、サッカーにおける競技力、という根本から考え直す必要がある。

※こちらも合わせてご覧ください

ジュニア年代における「ボールを持てる選手」や「個の強さ」に対する憧れについて
https://fcl-education.com/training/performance/football-dribbler/

サッカーという情況系スポーツにおける「技術力」について
https://fcl-education.com/training/performance/football-difficult-understand/

執筆者

Football Coaching Laboratory代表 髙田有人

選手時代にはブラジルでの国際大会や、数多くの全国大会を経験。高校卒業と同時に指導者活動をスタートし、地域のジュニア年代で約10年の指導経験がある。ドイツへの短期留学やサッカーの枠を超えて、教育学、スポーツ思想・哲学、身体論など様々な分野も学び、全人格的な育成の可能性と実践、そのための指導者の養成をテーマとし活動している。

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