なぜ怪我を繰り返してしまうのか 根本的な理解に向けて【前編】

スポーツに怪我はつきものです。スポーツに取り組む人で、特に身体接触が伴うサッカーのようなスポーツにおいて、怪我を全くした事のない人はほとんどいないと言っていいでしょう。

そして、それらの怪我のほとんどは、体力不足、技術不足などの自身の問題か、雨が降っていてすべりやすかったとか、他のプレーヤーに蹴られたなどの環境の要因で説明がつくものです。

研究分野においても、スポーツにおける怪我は選手の内的要因と外的要因の複雑な相互作用によって発生するとされ、内・外要因の関係による障害発生モデルが提唱されてきました。(Bahr&Krosshaug,2005)

内的要因とは、年齢、性別、体組成、体力、パワー、技術レベルなどを指し、外的要因とは、コーチや審判、ルール、防具、道具、環境などを指します。

大部分の怪我は、これら二つの要因の相互作用によって説明できるものであり、適切な準備などの要因コントロールにより予防が可能となります。

また、たとえ怪我をしたとしてもプロトコルに沿ったリハビリテーションによる要因の修正によって、安全に復帰が可能であると考えられます。

しかし、体力作りが適切で、安全に対する配慮が十分であるにもかかわらず怪我が発生してしまうという、内・外要因だけでは説明し切れない事例が報告されています。

厳重に予防措置を行っているにもかかわらず特定の条件下で怪我を繰り返してしまう事例や、短期間に何度も怪我を繰り返してしまう事例などは、身体や環境面から怪我をしたことを説明するのが困難となります。

それらのような事例においては、より複合的で包括的な理解が必要であると考えらます。

生物-心理-社会モデル

怪我や障害を理解するのに、主に身体の筋骨格系とその制御機能から捉える考え方を、生物-医学モデルと言います。しかし、生物-医学モデルでは説明しきれない事例があることは前項でのべました。

そこで、より包括的かつ総合的に怪我や障害を捉えようと、生物-心理-社会モデルが提唱されるようになってきました。

生活ストレスによる心理状態の低下、家庭や学校、会社での自身のおかれた状況による影響、など、人間を取り巻くすべてのものが人間の行動に影響を与えており、それらも含めて怪我や障害を理解していこうという考え方です。

もともとは心療内科の世界で用いられてきたモデルですが、その汎用性の高さや人間理解の深さから、今では医学における基礎モデルとして活用されているものです。

スポーツ活動に影響する心理的影響の一部を説明すると、例えばプライベートで何か重大な心配事があったとき、そのような時に競技に取り組むことは目の前のプレーに集中できない状態であることは明白です。

プレーに集中できない状態において怪我の可能性が高まってしまうことは容易に想像がつくと思います。

N.Teasadaleらの研究において、外乱刺激に対して姿勢を切り替えるには脳の注意機能が動員されるという報告がされています。

この結果は、何か他のことに注意が向いている状況では、外部からの刺激に対して適切に体勢を整えることが困難になってしまうことを示しており、目の前のプレーに集中できる心理的状況を作ることの大切さが示唆されていると言えます。

怪我までは至らなくとも、心配事に心が囚われ思い通りにプレーできなかったという経験をされた方もいるでしょう。

このような場合では、心配事に負けないメンタルを養うことも大事ですが、それ以上にプライベートでの問題を解決することが、スポーツにおけるパフォーマンス発揮にとって大切なこととなります。

外部の環境変化、介入により怪我が減少した例をあげると、2002年のサッカーワールドカップでは頭の怪我が25件であったのが、2006年のワールドカップには13件とほぼ半減したという報告があります。

頭部の怪我は、多くがヘディングで競り合っている際の肘の使用により発生していました。

そこで、競技者への啓蒙や審判による肘の反則を厳密にとることなどの取り組みを行い、怪我の減少をもたらすことに成功したのです。

サッカーを取り巻く要因へのアプローチや、肘を使うことは反則であるという知識の啓蒙や、そのような雰囲気作りによる結果としてもたらされた一例と言えます。

怪我の予防だけでなく、怪我した後の対応についても、心理-社会面を考慮することが慢性化を防いだり、再発の予防につながると考えられています。

怪我が治った後も痛みだけが続いてしまう慢性痛と呼ばれる病気においては、痛みの訴えを生物-心理-社会モデルにより全人的にとらえ理解することが、その治療に有効であることが証明されています。

また、筋骨格系の有痛性疾患である腰痛や頸部痛など、誰もが経験したことがある病気においても心理-社会面が大きく影響してきます。

痛みを大げさに捉えてしまう、痛いことを頻繁に思い返してしまう、痛みがあることで自身に対して必要上に無力感を感じてしまう、などの破局的思考(Sullivan,2001)と呼ばれる心理的特徴を強く持っている方や、家族や会社などで問題を抱えている方などは、痛みが長引いてしまう、障害が繰り返し起きてしまうなどの問題が起きやすいと言われています。

どのような怪我や病気であっても、筋力や関節可動域と言った身体運動機能だけでなく、取り巻く背景にも目を向ける必要性があるのです。

全ての怪我や病気に、心理-社会面が関わってきますが、ここでひとつ気を付けなければいけないことがあります。

それは、痛みが発生した時に心理的に落ち込んだり、いつもとは違う攻撃的な態度になったり、他人に依存的になるなどの行動を「痛み行動」(Fordyce,1991)と呼びますが、そのような行動は人間であれば誰もが表出する自然な行動であり、決して異常なものではないということです。「痛み行動」は、怪我をした時に心身の安静を促し、治癒を促進させるための必然の反応です。

しかし、生物-心理-社会モデルを強く意識し、そのような反応や行動を抑え込もうとする対応をとってしまうと、却って怪我の治癒を遅らせてしまい、慢性化につながってしまうことがあります。

もちろん、痛み行動が過剰であってもいけません。過剰な痛み行動は、過度な運動恐怖感の醸成、治癒に向けての適切な行動の妨げとなり、これもまた慢性化や怪我の繰り返しにつながってしまいます。


怪我への対応は、心身への適切なケアを行い、適度に安全・安心な環境を提供することが重要です。心理面、社会面が問題になるのは、そのような適切な処置をしているのにもかかわらず、治癒が進まない、怪我を繰り返してしまうときなどになります。

怪我を理解する上で、心理面、社会面の影響を考慮する必要性について述べてきました。
後編では、心理面、社会面の影響についてより具体的に解説していきます。


参考文献

Bahr R & Krosshaug T(2005)Understanding injury mechanisms: a key component of preventing imjuries in sport.British Journal of Sports Medicine,39(6),324-329

ジェニー・ストロング他、熊澤 孝朗 監訳(2010),痛み学 臨床のためのテキスト,名古屋大学出版会

N.teasdale,M.simonean(2001) Gait and Posture 14,203-210

 

執筆者
永田将行

理学療法士
NPO法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ
東小金井さくらクリニック
慢性痛に対する運動療法を中心に、一般の方からスポーツ選手まで幅広い方々にリハビリテーションを提供しています。

 

 

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