「怪我を防ぐ」ということについての考察 怪我にまつわる様々な事象

スポーツに関わる専門職の多くが、「怪我を防ぐ」事について考えた事があるだろう。怪我は選手に対し多大な機会損失を与えるばかりか、選手としての未来を奪う事さえある。団体スポーツであれば、選手個人だけでなく関わるチームやコミュニティ全体に大きな影響を与える事もあり、個人的なエピソードという枠を超えてしまう事もしばしばある。

特にトレーナーと呼ばれる専門職は、治療、傷害予防やリハビリテーション等、「怪我」にまつわる事象に常に向き合う必要に迫られる。我々の多くがスポーツ傷害について教育機関で専門的に学び、その対応についてトレーニングを積んでいる。しかし、それは単に「怪我」という「解剖学的構造の破綻」のメカニズムを学んでいるだけに過ぎない。

怪我は単に「解剖学的構造のある部位が破綻する」のではなく、その意味は様々な要因によって決定される側面を持っている。一般的には重度の怪我ではなくても、その選手の既往歴という内的要因によってはハイリスクなものになる事も多々ある。

また、同じ「怪我」でも大会・他の選手・指導者といった外的要因との関係性により「怪我」の意味付けは変化する。強い痛みを伴う怪我を負っており、通常であればプレーの中断を検討する場合でも、引退する試合であればプレーを希望する選手は多い。

さらに、選手・指導者・保護者・選手を雇用する者・選手に雇用されるもの・スポンサー等様々なステークホルダーの存在は、怪我を単なる「解剖学的構造の破綻」だけではない意味を持たせるだろう。怪我は、ステークホルダー達にとっては、コストの損失や雇用の損失、社会的立場の損失等のリスクを増大させる事象として捉えられる。

「怪我からの復帰」という事象についても同様の事が言えるだろう。「怪我からの復帰」は、「前のように動ければ復帰」というだけの意味で語られる単純なものではない。当然我々トレーナーの多くが思い描く理想の「怪我からの復帰」は、「前のように動ければ」だけでなく、「前よりも動ける」復帰であり、選手にとって「怪我をした事も良い機会になった」と思えるようなものだろう。

しかし現実には、例え怪我が完全に治癒をしていなくても、身体機能が十分に再獲得されていなくても、再発を防止できる運動学習が達成されていなくても、外的または内的要因との関係性によっては試合の場に立たなければいけない状況が存在する。前のように動けなくても、たったの5秒コートに立つ事で戦術が達成されるかも知れない。また、ある選手は脳震盪の翌日にプレーして優勝するかも知れない。

こうした行動は時に賞賛され、時に批判の対象となる。

「怪我を負いながらも結果を出した。素晴らしい選手だ。」「怪我しているんだから止めた方がいい」「なぜプレーを続けさせなかった?」「なぜプレーを止めなかった?」

その選手に責任を持っていない者は、何とでも言える。表面的かつ一面的に物事を捉えれば、いくらでも賞賛も批評も可能だろう。そうした思考は無駄だ。例え同じ「怪我」でも、同じ「怪我」などは存在しない。怪我の意味は怪我以外の様々な要因によって決定され、極めて多面的だからだ。

怪我の持つ意味合いが多面的であるからこそ、怪我に対する対応に絶対的正解は存在していない。トレーナーの職においては、選手個人と選手に関わるステークホルダーおよび環境との関係性を考慮し、それぞれが納得可能な最適解を提案する事が重要だろう。

解剖学やバイオメカニクス等、怪我に関わる学問を積む事も重要だが、人と人の関わりを理解し、その中でどのような役割を果たしていくのかを、我々は考えなければいけないのではないだろうか。

 

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修在籍
日本鍼灸理療専門学校卒業

保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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