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2017.12.06

南米の隠れた育成大国ペルーから学ぶ

ペルーサッカーと聞いてどんな印象があるだろうか?

正直ほとんど知らないのが現実だろう。

実は2017年10月16日発表のFIFAランクでは10位につけている。

そう、ペルーが弱いのではない。南米は何処も強過ぎるのだ。

南米は10ヶ国に対してW杯出場枠は4.5。

割合で言えば全大陸中、最もレベルが高い大陸と認められているため、参加国に対する出場枠の割合も1番大きいのだが、それでも南米にはブラジル、アルゼンチン、コロンビア、チリ、ウルグアイという、W杯本番でも上位に食い込んでくる猛者だけで枠が埋まってしまう。

南米では下位と扱われるペルー、パラグアイ、エクアドル、ベネズエラ、ボリビアだってアジア予選に参加すれば優勝候補に食い込んでくる力がある。

あくまでFIFAランキングは目安ではあるが、2017年5月の時点では世界ランク上位5位までの内、実に4ヶ国が南米だった。

もしも世界ランクでW杯出場国を決めるのなら、世界5指の力がないと南米ではW杯自動出場枠には入れないのだ。

W杯6大会連続出場の日本も、仮にここ南米予選に参加していたら6大会連続出場出来ただろうか。

実はペルー国民の成人男性の平均身長は164cmしかない。

日本の171cmよりも遥かに小さいながら、世界ランク10位に位置するペルーの育成には、どんな秘密があるのか。

今回はペルー1部リーグ所属、ペルーで最も人気のあるアリアンサ・リマで国際交流コーチを務めた筆者から、ペルーの育成について紐解いていく。

基本だけど1番大事。アリアンサ・リマの指導者の謙虚さ

ペルーサッカーに触れてみて感じた、ペルー人のサッカーへの感情。

「それは、大好きだけど、自信がない」

子供達はストリートサッカーをしているし、プロサッカー選手になる夢も持っている。

誰もが好きなサッカーチームを応援している。

しかし口では「ペルー代表を応援していない」と言う人も多い。

しかし、本心はそんな事はない。

本当は心から応援している。

ただ、大国に挟まれてきて何度も夢を破られる内に「期待をして、また同じ喪失感を味わうくらいなら」と、自らの本当の気持ちに蓋をしてしまっている国民が多い印象だった。

その証拠にニュージーランドとのプレーオフに進出した現在、ペルーサッカーは異常な盛り上がりを見せている。

ただ、アリアンサ・リマの指導者からはまた違った印象を受けた。

なかなか大国に勝てず、またあまりに大き過ぎる体格差は認めながらも、それでも「この国をもう一度W杯に」という気合いを感じた。

気合いだけ、ではなくて、その気合いがあるからこその打開策の模索。

アリアンサ・リマの指導者陣はインテリジェンスに溢れていた。

謙虚さと自信の無さは紙一重とも言うが、それは見え方の話。

実際の心の中はかなり対極な場合も多い。

彼らからは謙虚さと共に自信も伺えた。

メンタルを強くってどうやるの?心理学者の導入

前項で述べた「ペルー人は自分達のサッカーに自信がない」という理由だけではないのだが、アリアンサ・リマの育成部ではメンタル、自信を持つ事を重要視しているため、心理学者を常駐させている。

子供達は自信を持つ事で色々な事に挑戦する心を持ち、健全に育つ。

そもそも日本では「メンタルが強い」というのは、一体どういう状態として捉えられているのか。

“自分の弱さを認める事”と考えている人もいれば、”我儘を通す事”だったり、”何言われても気にしない人”、”他人の意見も受け入れる人”など、真逆に近い定義をしている方もいる。

よく分からないという人もいるだろう。

ゴールが何処か分からなくて、ゴールは決まらない。

最低でも大まかにはゴールの位置を把握していないとシュートすら打てない。

忍耐強さなど日本人のメンタルの長所も勿論あるが、実は短所もあるのだ。

南米人は忍耐強さにおいて日本人ほどではないのかも知れないが、逆に言うと無意味な我慢はしない。

そこに意味がある努力に集中して力を使う。

また、そのメンタルの強さというゴールを見つけても、日本では1人の指導者が全てを担っていて、あまり専門的でなかったり、そこまで深まっていない場合も多い。

南米でも街クラブだと予算の都合上厳しいが、Jクラブでは検討していきたい。

まずは常駐まででなくとも、何かあった時に思い浮かぶ外注先くらいはあっても良い。

アリアンサ・リマで重要視されている自信は、もう少し詳しく言うと「自分は大切にされるべき人間である」「努力すれば成長出来る」というものだ。

よく自信の先、自信の延長線上に過信があると思われがちだが、筆者としては違うと感じる。

過信というのは大した事ない自分に自信が持てなくて、無理矢理にでも自分が凄いと思い込んで慰めようとする過程にある。

つまり自信の無さの一種として過信がある。

アリアンサ・リマのメソッドでは、自信を持たせるのに言葉で「凄い!」と褒める手法よりも、現実にちょっとしたゲームに挑戦させて、出来る実感、そして少しずつでも「自分はやっていけば成長するのだ」と自分で感じさせる手法に重きを置く。

それには好きなものや楽しいものであるのが効果的で、場合によってはテレビゲームも活用する。

テレビゲームは楽しいが制限される事が多いのは日本も南米も同様であるが、同時に有効活用の方向性を見出せないか、視点を広く持つ事も忘れてはいけない。

また、「自分が重要な1人の人間である」と感じるには親の愛が一般的に必要とされているが、場合によっては様々な家庭環境があり、問題がある。

アリアンサ・リマでは常駐ではないものの、その場合の外注先の心理学者も選択肢として持っている。

もう少しお金に裕福なブラジル1部・ECバイーアだと自信を付けるための臨床心理学者と家族心理学者だけでなく、チームワークやインタビューなどを学ぶ社会心理学者、教養担当者なども常駐しているが、これはまた別の機会に。

体格差のハンデを乗り越えるのは・・インテリジェンス

冒頭でも話した通り、ペルー人男性は平均身長164cmと、圧倒的に小さい。

日本人なら171cm、ブラジル人なら174cm、オランダやドイツだと180cmを超えてくる。

ペルーでもサッカー選手ならもう少し平均身長も大きくなると思うが、それは他国もまた同じくサッカー選手は一般人より平均身長が高い傾向にある。

このとてつもない体格差を埋めるため、アリアンサ・リマが行なっている戦略は、”インテリジェンスを鍛える”というものだ。

アリアンサ・リマの育成部部長は実は沖縄ルーツの日系人、新垣エルネストが務める。

新垣エルネストはCBとしてペルー代表選出歴もあり、優秀な選手であったが、学問としてサッカーを学ぶ事の重要性を説いており、彼が育成部に採用した指導者は元プロ選手よりもどれだけ学んでいるかをより高い優先順位に置いてリストアップしてきた。

アリアンサ・リマでは指導者のレベルアップのために、クラブ内での指導者勉強会を開催している。

ペルーの公用語はスペインやアルゼンチンと同じくスペイン語なので、海外の講演会の動画などをスタッフ陣で視聴し、それについてみんなで意見を交わす。

例えばグアルディオラやモウリーニョの動画であったりもそうだ。

スペインの監督学校の授業をインターネット上で受講したりもする。

勿論それぞれの指導者がペルーの監督学校を卒業しているし、ペルー国内の講演会であれば直接赴く。

筆者が国際交流として呼ばれたのも、勿論筆者が彼らから学ぶためでもあるが、彼らもまた日本やブラジル、アルゼンチンでの経験も持つ筆者と共に学んでいこうという姿勢があったからでもあった。

筆者の経験は伝えたし、彼らは自費でブラジルやアルゼンチンまで勉強に行くために今でも筆者とコンタクトを取っている。

そのペルーサッカーを強くしたい、良い指導者になりたいという気持ちは非常に感動させられる。

アリアンサ・リマの育成部でよくモデルとしているのが、シャビがいた時代のFCバルセロナだ。

同じスペイン語なので情報収集し易い事もあるが、体格がそれほど大きくないシャビやメッシを擁して圧倒的強さを誇っていた事は、ペルー人には参考になると考えている。

ここ近年のバルセロナはMSNトリオなどむしろ南米の力を借りているので、ブラジルやアルゼンチン、教育やテクノロジーに優れた日本も含め、良いと思ったものは貪欲に学ぶ。

ペルーは日本よりも人件費が安く、仕事が細分化されている分専門性も高い。

そうするとスタッフも多いので空き時間が出てきたりするために、勉強会が出来る。

南米の国民平均あたりが日本よりも貧しくとも、サッカー人気が高いのでクラブ自体はそこまで貧しくないケースもある。

人件費が高く、1人あたりの仕事量も多いJリーグだと少し難しい部分もあるが、勉強会の開催を検討だけでもしてみても良いのではないだろうか。

 

※こちらも合わせて読んで頂けると理解が深まります。

ブラジルサッカーとの環境の違いから考える
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/brazil-football-soccer-world-japan/

ドイツにおけるサッカージュニア年代の位置づけと取組
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/junior-germany-football/

世界のサッカー強豪国に学ぶ アルゼンチンサッカーの根本
https://fcl-education.com/training/performance/world-junior-football-argentina-soccer/

 

執筆者
平安山良太

小学生よりサッカーを初めるが、ケガにより早期挫折。若くして指導者の道へ。日本で町クラブ、部活、Jクラブで幼稚園~大学生まで幅広く指導者として関わり学んだ後、海外へ。東南アジアのカンボジアンタイガーの全身クラブやラオス代表チームで研修の後、ブラジルへ渡り、ブラジル1部Atlético ParanaenseのU14でアシスタントコーチを務めた。2014年5月からはクラブワールドカップでも優勝したSC Corinthiansでアシスタントコーチを務めるかたわら、日本に向けて情報発信を始める。2015年10月からはAvai FC、2016年前半はJ3のFC琉球通訳、後半からはコリンチャンス育成部に復帰。2017年はブラジル1部のECバイーアで研修生指導者からプロ契約を目指している。ペルー1部のアリアンサ・リマや、メッシを育てたアルゼンチン1部のニューウェルスなどでの研修歴も。

twitter: http://@HenzanRyota
mail: ryota_henzan@yahoo.co.jp

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