選手指導とメンタルマネジメントの重要性について② 「悪循環モデルと自己効力感」

スポーツ選手のメンタルマネジメントは、パフォーマンスや試合の優劣を決定する重要なファクターである。

もはやフィジカルコンディショニングと切り離して語ることはできない。

そして全国大会やプロスポーツのためのものではなく、地域のチームや部活でも活用できるため、適切かつ効果的に使っていくことが得策であろう。

今回は、慢性疼痛のリハビリでも使われる心理・行動面の悪循環のモデルを用いて、不安に悩む選手への対応について提案する。 

日本のメンタルマネジメントの歴史 

まず我が国のメンタルマネジメントの歴史を振り返る。

研究報告では1960年に遡るが、ローマオリンピックに出場した日本代表選手約150名を対象とした、「あがり現象」の質問紙調査に関する報告が最初と言われている。

その内容は主にオリンピック射撃競技選手のリラクセーションと、メンタルリハーサル(イメージトレーニング)の指導として研究が展開した。

射撃競技は選手の呼吸すらも、精度に関わるという話も聞いたことがあり、緊張をなんとかしたいという戦略があったことがうかがえる。

緊張と言えば話題が逸れるが、一般メディアにも取り上げられるようになった「イップス」を思い浮かべる。

ゴルファーやピッチャーなど、極度の緊張下で緻密なコントロールを要求される競技やポジションに多い。

しかし近年の報告では、メンタルの影響よりも局所性ジストニア(focal dystonia)と呼ばれる、中枢神経系の障害による不随意かつ持続的な運動障害が原因ともいわれているため別個のものと考えたい。

メンタルマネジメント研究が転機を迎えたのは、前回記事でアメリカの取り組みで触れたロサンゼルスオリンピックの時からである。

本大会では自己ベストを出せた選手が1人しかおらず、日本選手団は散々たる結果であった。

欧米各国がメンタルトレーニングを開始し大きな成果を上げ始めた時期に、心理面への対応で大きく水をあけられた形になった。

惨敗が教訓となり、日本でも1985年より「競技場面で最高のパフォーマンスを発揮するために必要な精神的な側面を積極的にトレーニングして、精神力を高め自分で自分の精神を管理できるようになることをめざして行われるもの」、としてメンタルマネジメント研究が開始された。

諸外国の成果をまざまざと見せつけられることにより、緊張が影響する競技だけでなく、スポーツパフォーマンスと心理の関係に気づかされることになった。

 不安に対するメンタルマネジメント

 不安を感じるときには、体にどんな変化が起こるか想像してみよう。

思うように体が動かなくなる、頭痛や腹痛が起こる、集中できないなど身体活動への影響がある。

そして第一に何をしても心からは楽しめない。

程度の差こそあれ、最大の能力を発揮するのが難しくなると想像できる。

不安にまつわる心理状態には抑圧や予期不安がある。

抑圧とは感情を押さえ込むことで、様々な精神的不調を引き起こす。

予期不安とは起こってもないことをあれこれ想像して不安が悪化することである。

前者は、抑圧的な指導者に対して不安であるという本音を言えず、押し殺している状態がそれに当たる。

後者は試合が始まる前から負けることを考えてしまい、弱気になったり試合に集中できなくなることがある。

すべての選手が不安を言葉で訴えるわけではないが、もし相談を行うならば意見を挟むことなく傾聴するとよい。

選手が考えていることに逐一正したりアドバイスをせずに、全部吐き出させることが重要である。

その際にはうなずいたり相槌を打ったりすることで共感の態度を示し、時に要約して「こういうことが言いたいのかい?」などと確認を取るようにするとよい。

これだけで選手自身の考えが整理され、気分が改善することもある。

しかし、訴えを抑圧し不安を抱えたままの選手も多いと思われる。

心理面をこじらせて行動に影響する例を、痛みの患者の悪循環に例えて対応のポイントを考えてみたい。 

恐怖-回避モデル 

慢性的な痛みの患者においても、不安が強かったりすると医療者のアドバイスと自分の信念との間で悪循環に陥ることがある。

やる気ベきことに対して向き合わずにいることで、行動が悪循環になり症状や痛みや活動が悪化する。

この信念や行動パターンを「恐怖-回避モデル(Fear-Avoidance model/Fear-Avoidance Beliefs)」と言う。

痛みそのものに注目しすぎてしまい、痛くないように安静を優先しがちになると、休んだ方がいいのではないかという誤った情報に思考が支配される。

その結果さらに活動量が減少し、さらに痛みが強まってしまうものである。

悪循環を起こす誤った考えと活動を回避する行動が、痛みそのものよりも問題になる。

恐怖-回避傾向の悪循環が強い場合、改善する方法は「問題に向き合って対峙し段階的に問題解決に向かうこと」である。

痛みを怖がらずに少しずつ活動量を上げていくことが、悪循環を遮断し生活の制限を減らすことになる。動ける範囲が増えた結果、相対的に痛みが減るのである。

話をスポーツの例に戻すと、一生懸命練習に取り組んでいたレギュラーから外され、目標を失った不安から練習での集中を欠く行動にも悪循環が形成しやすいと考える。

レギュラーを外された不安よりも、練習の質の低下など再びレギュラーになるための行動をしなくなることの方が問題となるのである。

そして、この心理状態を言語化できなかったり、気にしないように振る舞ったり、抑圧する選手も多いと思われる。

したがって、不安を問いただしたりどうにか変えようとするよりも、今の現状を認識して、今後どうしたいか、どうしていくのかの行動への導いていく対応が指導者に求められる。

「とにかくやってみる」ことに没頭できる環境を作ることで悪循環を遮断できる。

 small stepで成功を体験し自己効力感を得る

 悪循環を遮断する方法はいろいろな方法が考えられるが、選手の中にあるモチベーションに火をつけるのがスポーツ領域に適していると個人的に感じている。

動機づけは重要だが、不安の解決のための目標が高すぎても、立ち向かう前にできないと予期不安や無力感を感じてしまう。

そのため達成のための段階をできるだけ細かく設定し、達成感を得られるようにする。

受験勉強のレベル設定を何十もの段階に分けていることを売りにしている学習塾も知られているように、行動科学的には非常に理にかなっている。

このようにsmall stepで成功体験を学習していくと、予期不安を起こすことも少なく、その結果として問題解決の行動を起こしやすい。

成功を共有できたときにはほめるなどの報酬を与えれて外部からの強い動機付けをつくるとよい。

そして指導者は最終的に選手が自分の力で状況を打開できた実感を得るように導く。

その実感を「自己効力感」という。

自己効力感(セルフ・エフィカシー:self efficacy)は、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していることである。

心理学者アルバート・バンデューラが提唱した。

自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向にあるといい、自己効力感を通して人は自分の考えや、感情、行為をコントロールしている。

小ステップの成功体験は、現在から近い将来へと続く展望への自信を深める。

今直面している課題を解決していく行動が、不安などの心理的な問題へも好影響を与えると考えている。

自己効力感は、質問紙などで評価することは可能だが、無論現場では見えないものである。

医療でも慢性痛の患者さんは「治った、よくなった」と言わないことがもある。

しかし課題への取り組みがよくなったり、表情が劇的に良くなることから心理的な問題が改善したと明らかに判断できることが多い。

練習中だけでなくオフの時を含めて、選手の表情や発言に注目し、個々に違う選手を総合的に見ていく能力が重要だろう。

 選手指導とメンタルマネジメントの重要性 悪循環モデルと自己効力感

 不安は選手のパフォーマンスに影響するが、訴えに出ない場合もあり把握が難しい。

訴えないことで抑圧が続くと本来の問題よりも悪循環が影響し、問題の核心が見えなくなり結果的に成果が低下し始める。

試合や練習でのパフォーマンスが低下している選手には、あれこれ問いただすよりも現状を振り返り、取り組めることから開始する。

課題の小さな段階を作って、乗り越えてできる実感を与えるのがよい。

指導者は、心理的とも身体的ともいえる視点を行ったり来たりしながら、選手本人の問題を意識させることと、そのための行動に火をつけるためのアドバイスや取り組みを設定できるとよいだろう。

 

※こちらも合わせてご覧ください
虐待の問題から考える理想的な指導者とは 体罰・パワハラ問題を考えるにあたって
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/corporal-punishment-sports/

 選手指導におけるメンタルマネジメントの重要性について① 「ほめる」
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/fcl-mental/

 

執筆者 

江原弘之 

NPO法人 ペイン・ヘルスケア・ネットワーク 代表理事 

 1998年千葉大学卒。2005年養成校卒業し理学療法士免許取得。都内総合病院で慢性疼痛のリハビリテーションに従事。現、西鶴間メディカルクリニック リハビリテーション科部長。ペインコンソーシアム(痛み関連学会)での発表、シンポジスト、論文・書籍執筆。20172NPO法人ペイン・ヘルスケア・ネットワークを設立。代表理事に就任し、痛みの社会問題解決のために運営している。20195月よりリハビリメディアPOST「運動器7」ライター業開始。

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