虐待の問題から考える理想的な指導者とは 体罰・パワハラ問題を考えるにあたって

暴力やパワハラのニュースが世間を騒がせ、スポーツ指導について改めて注目されている。

被虐待経験がある慢性疼痛患者を担当し様々な気付きを得た筆者の視点から、虐待による影響を踏まえつつ、暴力・暴言により選手に起こりうること、指導者に求められるスポーツ選手への対応について提案する。

スポーツ選手へのパワハラ・暴力を考えるにあたって

私は理学療法士で、リハビリで患者を指導する立場にある。

慢性的な痛みに苦しむ患者の中に、満足いく治療効果が得られない方を経験する。

丹念に問診を続け、医師や臨床心理士と協働していくと、成育過程での被虐待歴に行きつくことがある。

精神的な問題があったり、過剰に依存的であったり、医療サイドからの指示を守れなかったりと適切な痛みの治療関係の構築が難しいことが多い。

そのような経験から、私は患者さんとの指導的な関係は慎重かつ柔軟にするべきと思っている。

今年に入り世間を騒がせている、スポーツ選手へのパワハラ、暴力。

未だ潜在する高圧的ともいえる指導方法は本当に選手にとって有益なのかと疑問に感じる。

本稿では、虐待による影響を明らかにした脳研究を踏まえて、指導者に求められるスポーツ選手への対応について、私見を交え考察する。

慢性的な痛みと虐待

私が虐待について意識するようになったのは、慢性的な痛みの治療で入院していた患者の心理面談のカルテを読んでからである。

そこには幼少期に受けた保護者からの身体的暴力について書かれていてその内容に衝撃を受けた。

慢性的な痛みにはリハビリによる改善が効果的との科学的なデータがあるが、その患者は結局精神疾患を発症し、家庭崩壊が起こり、心身のバランスを崩してしまった。

体の痛みだけではなく心の痛みにも苦しむ状態になり、リハビリで痛みを良くするどころではなくなってしまったのである。

実は国際的な痛みの学術大会等で、被虐待経験と慢性的な痛みの関係について議論されている。

例えば、幼少期に被虐待歴がある腰痛患者は、心理的な苦痛レベルが高く、職場への復帰率が低く、退院後の手術実施率も高いとの報告(Mcmahon MJ et al 1997)等がありトピックとなっている。

私の経験では他にも、幼少期から学校や会社でずっといじめられ続けてきた方や、アルコール依存の保護者に育てられた方などを担当し共通するものを感じた。

痛みをより理解するために被虐待経験の方の行動やコミュニケーションを理解する必要性を感じ、勉強するようになったのである。

虐待で体も心も脳も影響を受ける

虐待(不適切な養育を含む)は4つに分けられる。身体的虐待(physical abuse)、性的虐待(sexual abuse)、ネグレクト(neglect)、精神的虐待(verbal abuse等)である。

近年はこの他に、両親のDVの目撃や、子供医療虐待も含まれる。

余談ではあるが、子供医療虐待とは以前に代理ミュンヒハウゼン症候群と呼ばれていたもので、養育者が他者から良い親と認められたいがために、子供をわざと傷つけたり病気であると虚偽の報告をするような、他者からは到底理解し難い恐ろしい虐待の一つである。

虐待と不適切なスポーツ指導との間で共通しているのは、身体的虐待と精神的虐待にまつわるもので、指導中やその前後での暴力・暴言であろう。

我が国には体罰という風習があり、しつけや教育的側面を持った身体的暴力が容認されやすい社会が依然として残っている。

また『ミスしたお前はチームのお荷物、生きている価値がない』など、選手としてはおろか人間としての存在を否定するような暴言は、精神的虐待に他ならない。

身体的虐待により身体に物理的なダメージを負い、暴力・暴言で心に傷を負う。

それだけでなく、被虐待経験のある方の脳には傷ともいうべき影響が残ることが研究でわかっている。

福井大学の友田明美先生の著書にそれらの研究はまとめられている。

幼少期に習慣的に暴力を受けることで、脳の中でも特に記憶を司る機能がある左半球の海馬が小さくなる。

これは、恐怖を感じ身体への危機を知らせる役割がある扁桃体が過剰に働き、ストレスホルモンが分泌され続けた結果だと推測されている。

被虐待経験はあるが、精神的な問題がない方をさらに調べると、6~8歳の時の被暴力が大きく影響するが、人格を形成する前頭葉が小さくなることが分かった。

また4~12歳ごろに暴言を受け続けて育った方は脳の側頭葉にある聴覚野の領域が大きくなっており1)、精神症状は無くても深い影響が残ることを示している。

体罰・高圧的指導の問題点~自己肯定感・学習性無力~

体罰や暴言を伴う高圧的指導と虐待には、その体験する時期や状況には大きな開きがあり脳への影響という意味では同じでないかもしれない。

しかし、習慣的に繰り返されれば、精神的な問題となることもスポーツ指導の場でも十分考えられる。

事実、大学アスリートのパワハラ問題は、通学困難になった事例もあった。

チームスポーツでも個人競技でも、プレーする仲間やスタッフとのコミュニケーション、自分自身や指導者への信頼感が重要であると考えるが、それは自己肯定感が基盤となる。

子供のころに保護者から虐待を受けたり、不適切な養育を受けたことにより、自己肯定感が形成されなかったり低下する。

自己肯定感は今この世を安全に生きられる実感に他ならないが、これは安全基地となる保護者との関係で作られる。

自己肯定感が低いと、人生やスポーツなどで壁が前に立ちはだかった時に、立ち向かうことなどできず、ミスした時などに、過度に自分を責め、メンタルのコントロールが出来なくなる。

一方で繰り返される暴言や暴力で、反抗が出来なくなるとわかると生物は無抵抗になる。

これを学習性の無力感という。

選手は考えることをやめてしまい、指導者の指示に従いやすい。

特定の選手が理不尽な指導を受け、指導者の指示に逆らうことなく危険なタックルを実行した大学アメフット部の問題があった。

学習性無力感によりスポーツマンシップを壊す行為にも従わざるを得なかったのである。

このように暴力、パワハラ、高圧的指導により、個人やチームの競技パフォーマンスにも影響することが考えられる。フィジカルだけでなくメンタルやチーム環境を考慮してスポーツの指導がなされるべきと私は考える。

私が考える理想的な指導者の振る舞い

私も患者を指導する立場であり、僭越ながら理想のスポーツ指導者について最後に話したい。

スポーツとは本来楽しむもので、過酷な状況でも自分や仲間を信じて取り組み、達成感を得られるものである。

医療においては、医療者と患者との間に「転移-逆転移関係」が生まれやすい。

特に医療者が患者に向けるネガティヴな感情は「負の逆転移」と呼ばれ非常に注意する。

同様に、指導者が選手に向ける暴力・暴言は負の感情に支配されたものと考える。

プレーしているのは選手にも関わらず気持ちが焦ってはいないだろうか、また結果について批判や修正点ばかり考えてはいないだろうか。

思い通りにいかない気持ちばかりでは、指導というより暴力・暴言につながりやすく、選手の自己肯定感の低下、選手のモチベーション低下に影響するだろう。

感情的にならないためには、指導者が自分にできること、やりたいこと、を内観し把握することである。

また、戦略、トレーニング、コンディショニング、食事・栄養等、分業し多面的に関わるのが適切ではないだろうか。

スパルタ指導で有名なアーティスティックスイミングの井村雅代コーチは、著書の中で自身の指導について、「悪いところをはっきり指摘する」、「どうしたらよくなるかを具体的に伝える」、「直せたかどうかを確認する」、を確実に行うこと、体作りはフィジカルトレーニングを専門の理学療法士に依頼し、数値化したデータを元に指導していると書いている。

感情に流されず分業しながら、選手と目標を共有しているのである。厳しい発言の印象が強いが、どんな結果であっても大会終了後に必ず笑顔でほめていることが印象的である。

「腹立てたらあかん。信用は自分で得ていくものや」と自分に言い聞かせた2)と著書にある。指導者自身のメンタルコントロールが重要なのではないかと感じている。

選手の能力を最大に発揮させるには

虐待は脳を含めた心身に影響を与える。

スポーツ指導の暴力・暴言時期こそ違えど精神的な影響は選手の自己肯定感やモチベーションに非常に大きいと考える。

閉鎖的な指導環境で、選手の感情を無視した非合理的な考えや指導者の感情的な振る舞いは、暴力暴言につながりやすい。

指導者は役割を見直し、選手に目標を与え手考えさせ、努力の過程を常に認め、目標を達成できた喜びを共有していきたい。

 

参考文献

1)友田明美・藤澤玲子著:虐待が脳を変える脳科学者からのメッセージ.新曜社,2018

2)川名 紀美著:井村雅代 不屈の魂: 波乱のシンクロ人生.河出書房新社,2016

 

執筆者
江原弘之

NPO法人 ペイン・ヘルスケア・ネットワーク 代表理事

 1998年千葉大学卒。2005年養成校卒業、理学療法士免許取得。NTT東日本関東病院にて慢性疼痛のリハビリテーションに従事。現、西鶴間メディカルクリニック、リハビリテーション科部長。ペインコンソーシアム(痛み関連学会)での発表、シンポジスト、論文・書籍執筆。2017年2月NPO法人ペイン・ヘルスケア・ネットワークを設立。代表理事に就任し、痛みの社会問題解決のために運営している。専門領域は、慢性疼痛リハビリテーションなど。

 

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