荒れるスポーツ業界で、今こそ「スポーツマンシップ」や「スポーツ教育」について考える

Good Gameとは

スポーツとは「運動を通して競争を楽しむ真剣な遊び」であるということを前回の記事で紹介しました。

競争では、必然的に勝利と敗者が生じます。

ゲームの中ではより優れた者、またはチームが勝利を収めます。

そして、競争してどちらが優れているかを決めることが、スポーツでは重要な問題になります。

確かに遊びの要素もありますが、真剣でもあります。

このバランスが取れているゲーム(競争)のこと「Good Game」で呼び、「Good Game」を実現させるためには以下の3つの条件が必要になります。

Respect      プレーヤー(相手・仲間)、ルール、審判に対する尊重

Braveness  責任をもって決断する勇気

Resolution 勝利を目指し、自ら全力を尽くして愉しむ覚悟

では「Good Game」を理解した上でスポーツマンとはどんな人なのか考えてみましょう。

スポーツマンとは

スポーツマンを国語辞書で調べると「スポーツが得意な人」「スポーツが好きな人」「スポーツをよくする人」と定義されています。

確かにそうだとも言えますが、これはスポーツに関する理解度が浅く、誤解から生まれた日本特有の回答です。

スポーツが得意、好き、よくする、の3つはスポーツマンの条件ではありません。

欧米では「スポーツマン」が尊重されます。

それは日本でも同じかもしれません。

しかし、日本におけるスポーツマンに対するイメージと、欧米におけるスポーツマンは、似ていますが明らかに異なります。

オックスフォードの英英辞典には「sportsman=Good Fellow(=良い仲間)」と書かれています。

言い換えれば、スポーツマンとは「かっこいい人」のことです。

すなわち、スポーツの本質を理解し「 Good Game」を実現させるために頑張るかっこいい人のことをスポーツマンと呼ぶのです。

しかし、真にその人がスポーツマンであるかどうかは、勝負に負けた時の態度でわかります。

負けた時に、他人や環境のせいせず悔しい気持ちをこらえる。

相手のことを考え勝った相手を心からたたえる。

力不足を潔く認め敗因を分析し、勝利向けて再び全力で努力する。

そのことを「Good Loser(よき敗者)」といいます。

そのような信頼できる人が「Good Fellow」になれるのです。

スポーツマンシップとは

スポーツマンシップというと「フェアプレー」と混同される傾向があります。

しかし、フェアプレーとは、あくまでプレー中にするべき考え方や態度のことです。

負けた時の潔い態度が「Good Loser」でした。

負けたときというのはすでにプレーが終了していますから、その時の態度はフェアプレーかどうかとは関係ありません。

つまり、スポーツマンシップとは、フェアプレーやGood Loserという概念を包括的に言い表しています。

スポーツマンがとるべき最も基本的な態度を促す精神的な理念であり心構えとも言うことができます。

一方で、私たちすべてが有限の人間であり、その可能性にも限りがあるという点を理解する必要があります。

スポーツマンシップの精神を持つことで、自分との戦いに克ち、成長し、自らに磨きをかけることができるのです。

このように、スポーツマンシップという言葉は、アスリートが競技を通じて少しずつ身につける人格的な総合力と言い換えることもできます。

あるがままの姿を直視し、認めることではじめて人格を磨くことができるということを理解して、適切に判断して行動することが何より大切です。

ですからスポーツをする人には、まず自分の判断力が求められることになります。

スポーツをするためには、スポーツを楽しむ人それぞれが自主的にそのスポーツの意味を理解し認めること、尊重することが大前提なのです。

「スポーツに大切なものを尊重し、自らが判断する」ということは、スポーツマンに求められる最も基本的な要素です。

スポーツで尊重される3つのもの

スポーツマンシップという心構えの中核は、尊重(Respect)です。

そして、スポーツで尊重するのは相手、ルール、審判の3つです。

この3つを大切にしなければゲームは成立しません。

ゲームは「ルール」に従って、「相手」と戦い、「審判」がルールに基づいて勝ち負けを判定します。

何故相手を尊重するのか。

素晴らしい勝利を得るためには、素晴らしい対戦相手が必要だからです。

何故ルールを尊重するのか。

ルールこそがその競技の本質を表すものであり、勝利が意味を持つのはそのルールによって規定されるからに他ならないからです。

何故審判を尊重するのか。

審判がいなければゲームが成り立ちません。

審判はゲーム進行のためのルールを実行するだけではなく、その競技の伝統や慣習といった「ルールには明記されていない事柄」の実行者でもあるからです。

この3つを尊重するということは、その競技自体を尊重することであり、その競技の価値を認めることなのです。

その価値を理解し認めないのなら、スポーツをする意味がなくなってしまうのです。

尊重とは大切にすること。

人、組織、制度、スポーツを本質的に理解すること、存在意義を認めること。

これは簡単なようで難しいことです。

私たちは、今、さまざまなスポーツの社会問題を抱えています。

そして、その多くは人災、人にまつわる問題です。

人の問題を解決するのは唯一、教育しかありません。

本来、社会的要請に応える人材育成をするためのソフトとして、スポーツは発展してきました。

今こそ、スポーツ本来の価値を見直し、スポーツマンシップを理解し実践することで、より良い社会づくりに貢献していけるのではないでしょうか。

※こちらも合わせてご覧ください

近代スポーツの成り立ちから見るスポーツの本質
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/modern-sports/

サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にするのか スポーツ教育の可能性を探る
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/sports-education/


執筆者
福士唯男

株式会社アスリートプランニング バルシューレ事業部統括マネージャー
一般社団法人日本スポーツマンシップ協会 理事
NPO法人バルシューレジャパン 理事

 専門競技はハンドボール。東海大学卒業後、日本ハンドボールリーグで10年間プレー。引退後、ビーチハンドボール男子日本代表監督として世界選手権に出場した。その後、小学生スポーツに携わるようになりバルシューレの普及、指導者へのスポーツマンシップの啓蒙を行っている。





 

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