育成年代では判断よりも技術が大事

育成年代において、いつ・どこで・何を見て・どのように判断しどんなプレーをするのか、というような状況判断が重要視され、早期育成・専門化の波もあり、常に頭を使ってプレーをする賢い選手の育成が目標にされている面もあります。

まずは技術が大事

ただ、運動学習の分野では技術の自動化に伴い情報処理能力も向上すると考えられています。サッカーで言えば、止める・蹴る・運ぶ、そういった技術のレベルが状況判断に影響を与えるという事です。

何も難しいことではなく、ボールを止める能力が低ければ、背後から近づく相手に気が付かないかもしれません。ボールを運ぶためのコントロールが不安定なら、パスを出すタイミングが遅れてしまうかもしれません。正確なキックが蹴れなければ、逆サイドを観ることができないかもしれません。というように、状況判断が重要視されるのはいいとして、当たり前の話ですが、技術が不安定なのに、他に注意を向けることはできないということを忘れてはならないのです。あえて誇大的に表現させていただくと、技術がなければ、見えないし、わからないし、考えられない。判断できないのです。

おそらく、サッカーを知り尽くした指導者が試合をしてみたら、自分が教えていることをそのままできないはずですが、それも同じ現象で技術がないからです。(ボードの上でだけ、頭の中でだけでわかっていても意味はないのです)

サッカーがわかってる、見えてる、センスがある、賢い、と言われるような選手は技術のレベルが高いし、その逆はありえません。技術のレベルが低くてパフォーマンスが高い選手もいません。周りが見えるようになってきたな、良い選択をできるようになってきたな、という成長も、よく観察すると技術の向上に伴って起きる現象なのです。(本来はもっと広義に捉えるべき)

サッカーは「ボール」ではなく「人」が動くスポーツという理解

状況判断、個人戦術、考えるサッカー、賢い選手の育成、なんでもいいのだけれど、それだけが先行しすぎることは良くありません。育成年代ではなおさらで、まず大事なのは技術であり、止める・蹴る・運ぶという技術を向上させることです。技術の高まりと共に徐々にそういったものに取り組むべきです。(試合経験と共に自然にできるようになってくる面もある)

状況判断系の指導は、ある種「指導している感」や「サッカーらしさ」があるので、選手にとっての現在地・意味・価値・理解を超えて過剰指導(早期育成・専門の影響もある)に繋がり、無理な要求や、気が付けば機械的にパターンとしてプレーさせてしまっている場合もあるので、拘りすぎることには注意が必要です。(チーム戦術も同じ)

そして一番大事なこととして、判断や技術はその二つの関係性のみならず、体の大きさや、スピード・パワー、自分が思ったように体を動かせるか、というような意味での身体操作性などからも強く影響を受けていることを忘れてはなりません。むしろそういった部分が蔑ろにされていることを考えれば、それらが土台という風に考えて取り組むことが重要かもしれません。

サッカーは「ボール」をどう動かすかだけではなく、「人」が動くスポーツという風に考えることも重要なのです。

 

執筆者
Football Coaching Laboratory

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