人間発達学から考える運動学習

新生児の運動を観察していると、首が座る以前には手足の反射的な運動と、動く物や色のコントラストの強い物に対して目を向けるような運動を盛んに行っている事に気付く。

生後3ヶ月頃では多くの子供で首が座り始め、頚部が正中線上に保持できるようになる。この頚部を正中線で保持する力は、単に原始反射の消失によるものや、自然発生的に獲得されるものではなく、首が座る以前から不安定ながら周囲を見回す、腹這いで顔を挙げようと努力する事等により達成される。

この「首が座る」というごく当たり前の現象から推察できる事は、運動の発達は階層的に発生するものではないという事だ。

原始反射が完全に消失し体肢を完全にコントロールできるようになってから首が座り、手の到達運動が可能になる訳ではなく、先述したように頚部が不安定な状態においても外界への興味や適応のために積極的な随意的運動に挑戦し、その行為自体が筋の活動を強め、首を座らせる原動力になっている。 

つまり、人間の発達における運動獲得では、ある姿勢が安定し始めると、その姿勢の十分な成熟を待たずに次の姿勢の獲得を試み、それがより低次の運動の安定を補完している事が分かる。

また、こうした運動獲得は常に発達方向に直線的に進行していく訳ではない事も非常に興味深い。例えば、生後5ヶ月の子供では背臥位では手を前方方向に自由に伸ばす、足を踏ん張ってブリッジ運動を行うなど四肢の活動が旺盛になるが、支え座りをしてみると足はほとんど動かず、手は身体を支える事を余儀なくされ自由には動かせなくなってしまう。同様の現象は歩き始めたばかりの子供にも見られ、一人座りでは自由に動かしていた手が、立ち上がって歩きだした途端に所謂ハイガードポジションに高く挙上され、バランスをとる事に専念させられてしまう。

人間の発達における運動獲得では、低次の運動では完全にコントロールできていた部位が、より高次な運動を行うときには姿勢の安定に利用され、自由なコントロールができなくなるという事が観察される。全身的な運動獲得には、一時的かつ局所的な運動性の後退が必要となっている事が分かる。

しかし、こうした一時的かつ局所的な運動性の後退は、長期的な視点から見た時には単純な後退ではないと言えるだろう。

例えば初期の一人座りでは先述したように手が身体の支持に利用され、上肢運動は後退するが、この「身体を手で支える」経験が後の手の機能の分化に役立てられている。我々は何気なく橈側で箸や鉛筆など巧緻性が必要なものを扱い、尺側で支持面を形成して手を安定させるという事をしているが、こうした機能は手で身体を支えながら身体重心をコントロールしていたからこそ可能となる。

 また、歩行を始めたばかりの時のハイガードポジションも、胸郭を中心に体幹を上方に引き上げ、姿勢を垂直化するためには欠かせないプロセスだと言えるだろう。肩甲帯の上昇により胸郭重心が高く維持され、上昇し垂直化された体幹に対しやがて肩甲帯が下制し、直立姿勢が形成され歩行が安定していく。

こうした非直線的で相互補完的な運動の獲得プロセスには、スポーツスキルの習熟プロセスと共通する部分が豊富にあるのではないだろうか。

高度で複雑なスキルを要求される事が多いスポーツでは、直線的に習熟が進んでいく事はまずあり得ない。例えば「プラトー」と言われる状態がスポーツには存在するが、これは身体がより高次なスキルを獲得するに当たって発生する「一時的かつ局所的な運動性の後退」で、選手としての向上には不可欠な期間だ。しかし、こうした状態を指導者や選手が「調子が悪い」とか「スランプ気味」といったように短絡的に解釈したり、短期的視点に立脚してフォームやプレースタイルを変更してしまうと、その後訪れる成長を見る事なく可能性を奪う事になり兼ねないだろう。

また、練習計画を考案するにあたっても、「〜ができないと次には進めない。だから今は基礎的なこの練習」というボトムアップ的な考え方をする指導法も当然あるが、「〜ができるようになるためには少し高度かも知れないがこの練習」というトップダウン的な指導が効果的な場合も多々あるだろう。

現時点で困難なものや複雑なものは「代償動作」を学習する原因になるので避けられる傾向が強いように個人的には感じる。しかし、それが本当に害悪な「代償動作」なのか、必要な「一時的かつ局所的な運動性の後退」なのか、見極める力がスポーツ指導者には必要なのではないだろうか。

 

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修在籍
日本鍼灸理療専門学校卒業

保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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