2019.05.21
選手指導におけるメンタルマネジメントの重要性について① 「ほめる」
スポーツ選手に対するメンタルマネジメントはスペシャルから必須なものになり、現在ではチームがスポーツ心理学の専門家を招聘したりすることも珍しくなくなった。
プロテニスプレイヤー大坂なおみ選手のコーチ、サーシャ・バインが彼女のメンタル面の安定と才能を引き出し、ランキング1位に押し上げたのは記憶に新しいが、選手の感情のコントロールがスポーツの試合結果を左右するのが明確に意識されるようになったことを示している。
感情を自身の制御下におくことは、選手のパフォーマンスだけでなく指導者やスタッフの指導においても同様だろう。
指示や期待と異なる選手のパフォーマンスは時に苛立ちを感じるだろう。そんな時には是非選手に感情をぶつけるのではなく、自身に向きあってほしいと思う。
このように現場のスポーツ指導者にも明日から役立つメンタルマネジメントのコツをお伝えするが、今回は適切な褒め方についてまとめてみた。
メンタルマネジメント
メンタルマネジメントとは、メンタルトレーニングとも呼ばれ、スポーツで最高の成績を上げるために必要な精神面をトレーニングで高め管理できるようにすることである。1984年ロス五輪へ向けたアメリカの取り組みを機に注目されてきた。
私はスポーツ現場での指導経験はほとんどないが、痛みでパフォーマンスが低下しているスポーツ選手のリハビリやバレリーナ・ダンサーの運動療法を担当することがある。
トップダンサーを例に挙げると、彼らはその技術や表現力だけでなく、多くのダンサーから選ばれるために勝ち残るため強いメンタルタフネスを持っている。
パフォーマンスが伸び悩むダンサーのフィジカルチェックを行うと身体機能に大きな問題ない場合があり、メンタルの問題にいきつくことがある。
中でも必要以上に自分の能力を低く見積もっていることがあるのに驚く。
それを修正するマネジメントにより、ダンスパフォーマンスまで変化してしまうことも多い。
身体と心理は切り離せないものであることを感じている。
個人だけに収まらないメンタルの影響
スポーツにおいて選手やチームの能力が発揮されるためには、フィジカルに加えて心理面のコンディションが大きく影響する。
特にプロスポーツなど技術や身体能力が極限まで鍛えられたレベルの戦いでは、それが顕著であると感じる。
とあるプロサッカーチームのセレクションの基準によれば、18才以上の選手で重要な要素はインテリジェンスとパーソナリティだそう。
また、その奔放な発言が何かと注目された、元男子サッカー日本代表監督フィリップ・トルシエも、完璧なサッカーチームを「3人のクレイジーと8人の明神(智和選手)」と表したように精神面が成熟したユーティリティプレイヤーを評価した。
そして個人のメンタリティだけでなく、チーム状況や試合結果まで影響した例が1999年のヨーロッパチャンピオンズリーグ決勝、バイエルン・ミュンヘンVSマンチェスター・ユナイテッド戦である。
試合時間終了間際、1ー0でリードしたバイエルンの選手は観客に手を振るなど完全に集中力を切らした結果、わずか3分間で集中を切らさなかったマンUに逆転負けしたのである。
驕ることなく今目の前のことに向き合うメンタルの強さが、どれだけ重要かを思い知らされる例である。
ほめるとは強化すること 叱る以上に良かった時にほめる
さて、ここからが本題だが日本のスポーツ指導を見ていて思うのは、叱る、注意する、ミスを直す、など「指導者が正す」ことが多いように感じる。
私はリハビリで慢性的な痛みに悩む患者の運動療法を行い指導する理学療法士である。
リハビリは厳しいという印象が一般的だ。「うまく立てなかったり歩けなかったりした患者に、厳しく接し正していく」のは、実はドラマの世界だけである。
「リハビリに取り組めない」患者さんはどんなリハビリにいらっしゃり、きつく言ったり叱ったりすることはあまりない(時に厳しい口調で叱咤激励する理学療法士もいるが)。
むしろ、会話したり表情を見たりしながら、褒めるタイミングを探し続けている。
褒めることは行動学習では「強化」や「報酬」と呼ばれる。
好ましい行動には報酬を与えて、好ましくない行動には反応せずに対応するとよい。
これをオペラント条件づけといい、好ましくないことに反応しないことを「非強化」や「中間的対応」と呼ぶ。従ってうまくいかない時も、注意するというよりは何も言わないことが多い(非強化)。
そしてその時は、患者さんと視線を合わせない。
その後患者の意欲が出てきたり、リハビリの効果が出てきたりした時には、アイコンタクトを強く意識ししっかりとほめる。
パフォーマンスが患者自ら決定したものであればその意志を強く支持し、次の目標につなげる。
つまり、ミスや期待通りでないパフォーマンスを指摘するだけで叱らないことがあるのだ。
「やってはいけない行動」に反応せず(非強化)、「やってはいけない行動と正反対の行動」に対して褒めればよい(強化)のである。
この強化と非強化のタイミングが非常に難しく、患者によって使い分けが必要である。
スポーツ現場では選手個々によっても違うし、チーム状況においても使い分けが必要だろう。
ただ、期待通りの反応が出たら、一日の終わりのミーティングでほめるより、すぐ目を見てしっかりほめる方が最も効果がある。
叱ることに随伴する感情と罰
叱るより触れないことを優先させるのかというと、叱ることが対象となる出来事に随伴する感情に支配されやすい点を考える。
褒めることを重視する行動科学的手法の副産物として、指導者側の感情のコントロールが効きやすくなり精神面も安定することだ。
叱ってばかりいると、周りにもいい影響を与えにくいばかりでなく、無意識に本人のメンタルも蝕んでいくことを意識するとよい。
感情的になりやすい指導者は、このような場面を想像してみてほしい。
試合で失点につながるミスから敗戦したことを叱るときに、選手やチームが負けたことに指導者自身を投影し、勝ちたかった自身の悔しさを選手にぶつけてはいないだろうか。
指導者と選手との関係を俯瞰で見る余裕をつくると、この危険を少なくすることができると私は考える。
また罰について。
特定の好ましくない行動を取り除き、一時的には選手たちを一定方向へ向かわせる効果はあるのかもしれない。
しかし、繰り返されることによって、怒りや不安を生じさせて、結果的に否定的な感情や敵意を持ち、好ましくない行動を引き起こしかねず、指導者と選手の関係性構築の妨げとなる。
大学アメフット部の危険タックル事件での関係性が望ましいものかどうかは、スポーツ現場に関わっていなくても火を見るより明らかである。
ただこんなことをしていては、指導者が選手に舐められるだけという方もいらっしゃると思う。
叱らない指導がいいとも言っていない。
ケガを起こしかねない危険なプレーや練習や試合中の暴力は厳しく指導されるべきである。
たが、ただ感情で選手をコントロールし、罰を与え、信頼とは異なる関係性を構築していくことは長期的に選手やチーム、指導者自身に利益を与えるとは思えない。
ほめることによる強化、取り上げないことによる非強化を駆使して、選手の自主性・自己援助を育てる指導が新しい時代の日本の指導者像ではないかと考えている。
選手指導とメンタルマネジメントの重要性について
メンタルマネジメントとスポーツパフォーマンスとの関係やその重要性について事例を提示した。
「指導者が正し、時に罰を与える」という側面が強い日本のスポーツ指導において、行動科学的手法である強化・非強化を用いることを提案した。
いいことはすぐにほめ、望ましくないことは指摘せず取り上げないことで、感情的になりやすい指導者の精神面の安定や選手との適切な関係を作りに役立つだろう。
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虐待の問題から考える理想的な指導者とは 体罰・パワハラ問題を考えるにあたって
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執筆者
江原弘之
NPO法人 ペイン・ヘルスケア・ネットワーク 代表理事
1998年千葉大学卒。2005年養成校卒業し理学療法士免許取得。都内総合病院で慢性疼痛のリハビリテーションに従事。現、西鶴間メディカルクリニック リハビリテーション科部長。ペインコンソーシアム(痛み関連学会)での発表、シンポジスト、論文・書籍執筆。2017年2月NPO法人ペイン・ヘルスケア・ネットワークを設立。代表理事に就任し、痛みの社会問題解決のために運営している。2019年5月よりリハビリメディアPOST「運動器7」ライター業開始。