2018.10.22
子どもの運動は壊れているのか 作業的体育から娯楽的体育への変遷
昨今、「子供の運動が壊れている」という話をあちこちで聞くことがある。
子供の教育や運動指導に関わる方々とお話すると、だいたいこの手の話題になる。
一般的にこうした全体論的な言説は個人の感性に基づいている場合が多く、事実を表していない事が多い。
子どもの運動は壊れたのか
私個人は「子供の運動」に直接関わっている訳ではないのでそうした状況を肌身に感じる事はできない。
しかし、個人の感性で言うことが許されるのであれば、高校生のトップアスリートなどは10年前よりも運動能力が向上しているような印象を持っている。
例えば、文部科学省が発表している「体力・運動能力調査結果の概要及び報告書について」に目を通すと、新体力テスト施行後が施行されてからの17年間で、その合計点数はほとんどの年代で緩やかに上昇している事が分かる。
しかし、近年17年間ではそのような傾向にあるが、体力・運動能力調査における合計点が最も高かったとされる1985年頃と比較すると、中学生男子の 50m走,ハンドボール投げおよび高校生男子の 50m走を除き、依然低い水準になっている事も分かる。
文部科学省による体力・運動能力調査を長期的に観察すると、子供達の運動能力は1985年をピークに一度低下し、そこから緩やかに上昇していると言える。
作業的体育から娯楽的体育へ
こうした世代間で見られる運動能力の差は、各年代で実施されていた体育教育の指導要領によるものだと考えられる。
例えば、1968年改定の学習指導要領では、「業間体育」といって、授業の合間に運動時間が設けられるという取り組みが行われ、学校滞在時の身体活動時間が大幅に増加した。
この取組は1977年の改定が行われるまで継続されたが、1985年にかけての運動能力の上昇およびピークがこの取組による影響を受けている事は間違いないだろう。
しかし、1977年の改定では体育教育における教育目標が変更され、運動は体力増強や健康維持のための手段ではなく、生涯に渡って楽しみながら取り組むものとして再定義された。
これは、日本が高度成長期を経て戦後の混乱から復興していく中で、社会の成熟に伴いスポーツが重要な文化の要素として捉えられるようになった事や、より個人の生活の豊かさを享受するための存在として、余暇としてのスポーツが注目された事によるだろう。
また、こうした「体力作り」から「レクリエーション」への定義変換が1985年以降の運動能力低下の一因となったと考えられる。
運動能力の低下傾向は1998年の教育指導要領改定まで続いたが、この時に導入された「体つくり運動」や、2008年の「多様な動きをつくる運動」等の取り組みが、現在の緩やかな運動能力の向上に寄与していると考えられる。
ゆとり教育施行時に比べ、体育の授業時間自体が増加しているし、その内容もより「楽しさ」に根ざし、ゲーム要素やプレイ論を取り入れたものになっている。
1985年以前のものが「作業的体育」であったのに対し、現在の体育は「娯楽的体育」になっていると言える。
このように見ていくと、「子供の運動が壊れている」という全体論は必ずしも子供の運動全体を表現していない事が分かるし、現在は新たな形で子供の運動が再生されつつある時期である事も分かる。
と、同時に大仰過ぎてあまり実在する概念として実感しにくい「体育教育の指導要領」が、子供達の運動能力に大きな影響を与えている事にも気付く。
大人のリテラシーの低さ
非常に残念に思うのは、「子供の運動が壊れている」と、自分の感性のみを根拠に主張してしまう大人達のリテラシーの低さだ。
こうした思考停止したラベリング行動は、人の多様性を認められない偏狭な指導の原因になるだろうし、「なぜできない」のかを分析せずに怒鳴り散らすような指導の根本でもあるだろう。
「子供の運動が壊れている」などという事よりも、「大人の思考が壊れている」事を心配した方がよいのかも知れない。
※こちらと合わせてご覧ください
体と動きの理解 知っておきたい人間の発達①
https://fcl-education.com/training/performance/fcl-human-body-movement-development/
体と動きの理解 知っておきたい人間の発達②
https://fcl-education.com/raising/independence-coaching/fcl-move-movemnet/
体と動きの理解 知っておきたい人間の発達③
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/fcl-sports-fun-play-football/
執筆者紹介
山木伸允
Movefree代表
Athla conditioning arts 代表
□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他
□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業
□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士
他