2018.08.15

サッカー選手に最も重要な「認知」は鍛えることができるのか 活きた知を伝えるために


ヨーロッパのフットボール界隈では、身体運動能力の向上はもうすでに限界に達しつつあり、今後のプレー改善のカギは認知能力の向上にある、と言われています。
では、そもそも、認知能力とは何なのでしょうか。
「認知とは、環境世界に意味を与えるプロセスである。それは生物が外界にある対象を知覚した上で、それが何であるかを判断したり、解釈したりすることであり、前述した知覚情報処理(感覚器官を通して外界や身体内部に関する刺激を受容し、中枢神経において刺激に関する情報を知りしていく過程)に基づいて、過去の自分自身の経験に基づく記憶に照らし合わせ判断するプロセスを指し、それには知覚、注意、記憶、表象、象徴、言語、そして判断といった高次脳機能が統合的に関与する。これらの高次脳機能を動員し、身体を介して「知ること」が認知である。」(樋口貴広、森岡周 著 身体運動学 知覚・認知からのメッセージ 三輪書店 2008)
今回は、この文章を解説していくところから認知への理解を進めていきましょう。
認知とは何か
認知という言葉の一般的な用いられ方を観察してみると(あくまで主観ですが)、自分の周りにある情報を集めること、といった意味が多いように感じます。
しかし、上記の説明を見てみると、「判断したり、解釈したり・・・」との表現があり、単純に情報を集めるだけではないということがわかります。
ここで大切になってくるのが、「意味を与えるプロセス」という部分になります。
意味を与えるとは、自分のこれから起こそうと思っている行為や、成し遂げようとしている目的にとってどれほど有用であるかということです。
つまり、自分や自分たちが今この状況の中でできることはなにか?、ということや身体の状況が深く関わってきます。
サッカーの場面で考えるならば、パスを出すというプレーを選択する時、30mの範囲ならば正確にボールを味方に届けることができるという能力を自分が持っているとしたら、30mより遠くの味方を見つけることは、自分の能力を発揮する上で役に立たない情報となります。
もちろん、味方を経由して50m先のフリーの選手へボールを届けられるならば、有用な情報となりますが、味方をうまく使うことも自分の能力の一部と言えるでしょう。
様々な研究では、脳内における目によって得られた空間の情報が、手に届く範囲と、それより遠くの範囲では異なっていることが報告されています。
これは、空間の情報が身体と関連付けられていことを示しており、情報を得て判断するということが身体を無視しては考えられないことを表しています。
また、主観的な知覚の研究ではありますが、目の前にある坂道の角度を推測してもらう実験では、重い荷物を背負った人や疲労した人ほど坂の角度を急であると判断してしまう傾向があり、心身の状態が判断に影響を与えることがわかっています。
時間、空間がより一層奪われつつある現代のサッカーにおいて、次のプレー選択にゆっくり時間をかけて吟味している暇はありません。
その中で正確にプレーしていくためには、自分ができること、チームでできること、身体の状態を正しく理解し、それに見合った情報を取捨選択することが大切となります。
認知と知識量は関係するのか
「過去の自分自身の経験に基づく記憶に照らし合わせ判断するプロセス」とあります。
前段で自分の能力、身体と認知が密接に関わってくるということを述べました。そして、経験に基づく判断ということは、これは、練習で行っていない、トライしたことがないプレーは、実際の場面では使えないということを意味します。
過去の経験は、言い換えれば知識となります。この知識は、行っている競技についての事実などに関する宣言的知識と、実際の場面でどのように動くかの手続き的知識に大別されます。状況判断が優れている選手は、この両者の知識が結びついた質・量ともに豊富な知識のネットワークを持っていると推測されます。
知識の量が認知に影響するならば、実際のサッカーの経験がない人でも、たくさんの試合を観察し戦術的な吟味を重ねてきている人は、試合の場面でも良い判断ができるのでしょうか?
その可能性はないとは言い切れません。
しかし、認知の身体との不可分性を考えると、難しいことは確かでしょう。
これは、二つのことに同時に取り組む場面を想像すると理解しやすいと思います。
例えば、目の前5mにいる相手選手が、自分にパスがきた瞬間を狙って寄せてきた場面。
相手にボールを取られないよう正確にトラップをして、パスを出すか、ドリブルでかわすか、それともダイレクトにパスを出すか、それとも・・・、を判断しなければいけない場面です。もしボール扱いが思い通りにいかなければ、情報収集どころではありません。
認知の前提として、正確にトラップできたりダイレクトにパスを出せたりといった、確実に遂行できる身体運動が必要であることがわかります。
指導者がプレーすることの重要性
「身体を介して知ること」とあります。
サッカーボールを蹴るという感覚は、実際にサッカーボールを蹴るという動作を行わないと現れません。
自らが能動的に動いて初めて、いろいろな感覚を得ることができるのです。ボールを蹴るという行為は言葉にすれば一緒です。しかし、状況が刻々と変わるスポーツの場面では、全く同じ場面というのはあり得ません。自分の動きと環境と感覚とが循環し合って、その動作に必要な動きが調整されていきます。すなわち、身体を介して情報を得ているのです。
よく試合を見ていて、「何であの場面で、あそこのスペースが見えないのかな~?」と感想を漏らす方がいます。
私もよく言います。
ですが、疲労が溜まっている状態、相手のプレッシャー、ピッチのコンディションで左右される身体操作、などなど、様々な要因により影響される認知のことを想像するに、単純に批判できないことがわかると思います。
トップアスリートと一般学生に運動しているビデオを見せる実験では、アスリートでは実際に運動するための脳の領域が活性化したのに対し、学生では視覚を司る部分だけが活動していたとの報告があります。実際にその運動を経験したことが無い人には、その運動に必要な脳部位を使うことは非常に難しいことなのです。
そこで、サッカーを指導する方々にぜひ行ってほしいのが、自分もプレーを経験してみるということです。
ここでは、上手い下手は関係ありません。
選手が、どのようなプレッシャーを感じ、何を見て、聴いて、どのような思いが湧きあがってくるのか。その経験が、自分が持っている知識を実践に活かせるようになることにつながるでしょう。
また、サッカー経験者で、ある程度ボール扱いに自信がある方は、自分の能力に制限を付けた状態でプレーをしてみるとよいでしょう。
例えば重りを背負ってみるとか、効き脚を使わないようにするとか。
プレーが上手くいかない選手の世界を体験することで、実のあるアドバイスを送ることができるようになります。
選手がどのように感じ判断するかは、その人の身体状況や技術力によって左右されます。
もし指導者が、認知という観点から選手を導きたいと考えているのなら、想像力をフルに働かせ、その人が感じている世界を捉えることが必要です。
認知は鍛えることができるのか
最後に、認知という能力は鍛えることができるのでしょうか?
認知能力の指標としては、反応時間が上げられます。提示された刺激に対してどれだけ早く反応できるかを計測するのですが、アスリートは一般の方々に比べ反応時間が短いことが知られています。
しかしこれは、刺激に対しての反応が速いとうだけであり、中枢処理能力の一部を示したにすぎません。
認知は、過去の経験に基づいて判断するプロセスとありましたが、その経験、記憶には特殊性があることが研究では示されています。
アメリカンフットボール選手の密集をすり抜けていく能力についての研究において、二つの障壁の間を防具をつけている状態で走り抜けてもらう設定と、歩いてすり抜けてもらう設定とで、他の競技の選手との比較が行われました。防具あり、走り抜ける設定ではアメフト選手の無駄のない動きが観察されましたが、歩く設定では他の競技者との間に差は認められませんでした。
これは、アスリートの空間認知などの優れた能力は、ある限られた状況や環境でのみ発揮される、あまり一般化しづらいものであることを示しています。
もし認知能力が鍛えられるものであるならば、優れた状況判断を下せる選手は、競技以外の類似した場面においても(日常生活とか)、常に正しい判断を行えることになります。しかし、そのような話は聞いたことがありません。
認知の能力は、向上させるよりも、適応させると表現したほうが相応しいと言えるでしょう。いつも練習する場所では上手くいくのに、他の試合会場に行くと上手くプレーできないというのは、いつもの練習場所に適応してしまっている状態と言えるでしょう。
もし、認知をどこでも正確に行えるようにするならば、試合における様々な場面を考慮して、多様で変化のある刺激の中で練習することを考えていくべきでしょう。
選手には活きた知を
認知について、様々な側面をみてきました。
状況を捉え、判断するというのは、単純にできるものではありません。
外から見た人の配置やどこかで聞きかじった知識を当てはめるだけでは、行為に移せる意味ある情報を取り出すことはできないのです。
選手たちは、中身のない、魂のない指導を敏感に感じ取っています。
ぜひ、指導する方々には、「ご自身の身体で知ること」を体験してほしいと思います。
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執筆者
永田将行
理学療法士
NPO法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ
東小金井さくらクリニック
慢性痛に対する運動療法を中心に、一般の方からスポーツ選手まで幅広い方々にリハビリテーションを提供しています。