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2021.06.18

サッカーにおける知とは何か、その知をどのように伝えていくか トレーニングプログラムというコミュニケーションツールを一対一から考える

サッカー指導において、サッカーを論理的に捉え、知的に説明することが良い指導だとされやすい。そして、選手も知的にサッカーを考えプレーすることが求められる。

サッカーを論理的に捉える傾向は、トレーニングプログラムの複雑さにも表れる。エリアを分割し移動はなしとか、エリア毎に役割を変化させてプレーを制限したり、状況によって役割が変わるなど、ルールを覚えるのに大変なプログラムも多く、もはやそれはサッカーなのか、と思ってしまうこともある。

サッカーの指導者は、サッカーにおける知とは何か、その知をどのように伝えていくか、ということを再考する必要がある。

抜き去るためのドリブル

攻撃と守備に分かれ、当てて落としてスタート、の一対一はどこの現場でも目にするトレーニングプログラムだ。だが、我々はそのような一対一のトレーニングでどのようなスキルを獲得させようとしているのだろうか。そして、そのスキルは本当に身に付くのだろうか。

大前提として、スキルとは「スポーツという情況で発生する運動課題を解決する一連の運動」を意味する。

スキルの構造という観点からすると、相手を抜く場面において、パスという選択肢や、味方の動き、味方同士、相手同士、味方と相手同士の位置など、様々な要素が絡み合い、その駆け引きの結果、抜くドリブルは成功する。パスの選択肢もなく、サポートする味方、カバーしている相手もおらず、時間の制限もない中で相手を抜き去ることができたとして、それは試合中のスキルとは構造が全く違う。

なので、相手を抜き去るというスキルを獲得させたいのであれば、対峙する相手の他に、後ろからプレッシャーを掛けてくる相手という時間的要素や、ワンツーができる味方という判断的要素を加える必要がある。複数対複数の中に一対一を作り出すという観点が重要なのだ。

なぜ情況の再現に拘るかというと、学習は環境との関係の中で進行するからだ。環境とは情況と言い換えることができる。情況とは、コート(範囲)、ゴール、自分、ボール、相手、味方、ルール等とその関係性から成る。

サッカー的情況なきところにサッカー的課題は発生しないし、サッカー的な課題が発生しないのであればサッカーのスキルは必要ない。サッカーに必要なのは、サッカーのスキルである。何度も言うが、サッカーのスキルとは、サッカーという情況で発生する課題を解決するための運動である。

というと、それではトレーニングではなく試合をやっておけば良いのではないか、と言われればその通りなのであるが、試合はトレーニングではない。スキルの獲得にはある程度の反復が必要であるが、伸ばしたいスキルのための情況をこちらがコントロールすることはできない。そのために試合情況になるべく近い状況を設定しトレーニングをすることが必要なのである。

トレーニングは試合のパフォーマンスを向上させることが出来て初めて意味を成し、トレーニングを熟せること自体には、全く意味がない。

ターンとしてのドリブル

ドリブルは抜くドリブルと運ぶドリブルに分類される。運ぶドリブルの中でも回避するドリブルは重要だ。ボールを保持しているがパスコースが見つからない場合、別のエリアに視点を移すための方向転換が必要な場合や、相手のプレススピードが速くパスでの回避ができない場合は、ボールを守り、運ぶ必要があり、ターンとしてのスキルが重要となる。

こういう場合はターンをする、という説明を受けても、言語的な理解がそのままプレーに結び付くわけではないので、身体的に獲得していく必要がある。心と体を切り離さず、身体的に獲得していくことが学習なのである。そもそも、認知とは行為である。

ターンというスキルが発揮されるのは非常に瞬間的な局面で、実質的には一対一の局面になるため、情況的要素はそこまで含めなくても良いだろう。

相手と向かい合い、縦方向ではなく横方向に通過するためのコーンを配置する。コーンを配置した先にはミニゴールを置いておき、コーンを通過したらゴールにシュートないしパスをするという設定にする。

ターンのためのターンはないため、パスやシュートのためのターンにし、スタートにおいても、当てて落としてもらうという設定にはせず、コーチや順番待ちの選手からもらうという設定により、ポジショニングやトラップとの接続の中で、というプレー要素の接続も意識することができる。さらに、取ったら終わり、取られたら終わりではなく、攻守の切り替えも入れることにより、試合の情況に近づく。

よく、一定の時間内に相手からボールを取られないようにする、というプログラムを行っているが、これはターンのスキルではなくフィジカルコンタクトスキルの獲得のためには良いプログラムになる。ターンにはキープという要素も含まれるが、その際、手や背中、足を用いて相手との距離を図ることが重要となる。キープ力が優れている選手は、このスキルが優れている。

一対一をボールフィーリングという観点から

情況設定がされていない一対一は、スキル獲得には向いていないが、ボールフィーリングという専門的調整力を向上させるためには役立つ。専門的調整力とは競技力の前提であり、ボールフィーリングとはボールを扱う際の力、身のこなしの調整を指す。

ボールフィーリングを高めるためのコーンドリブルなどを見かけるが、なんのためのどんなドリブルか、という部分が抜け落ちてしまう。目的もなく相手との関係もなければ、調整は必要がない。シュートを打つための抜くためのドリブルなのか、パスで回避するためのキープするドリブルなのかという目的と関係、そして、ドリブルするためのトラップ、ドリブルするためのポジショニングという接続の中での調整こそが、ボールフィーリングという観点からも重要なのだ。

範囲を決めて、タッチ数を決めて、方向性を変えて、とルールを変えれば、一対一の中で、ドリブルに必要な多くのボールフィーリングを獲得することができる。よく、一つのコトをやり続けることで万能なスキルを得られることが多いと、同じトレーニングばかりをしている指導者も多いが、学習論的に言えば間違いと言わざるを得ない。

一つの運動に習熟することは特殊化を意味し、転移を生じさせない。トレーニングに習熟することはトレーニングマスターになることであり、プレーの幅に制限を掛けることに繋がる。我々が目指すべきは試合で通ずるスキルの獲得である。なので、トレーニングにおいては一つのプログラムの習得を目指し過ぎず、一般化を目指し、多様なプログラムを行うことが重要なのである。

だから、論理的に考えれば、コーンドリブルなどはせず、対人関係で必要なボールフィーリングは対人関係の中で身につければ良い。一対一はボールフィーリングのトレーニングプログラムともいえる。

ただ、コーンドリブルにも対人関係がないからこその「身のこなし」を獲得させるためのよいトレーニングになる場合があるが、その場合も、しなやかな動きや身のこなしが必要な情況を作り出す必要があるので、等間隔に置いたコーンをドリブルすることには、やはり意味がない。

身のこなしは、ボール操作のための動作の調節で、しなやかさとも言える。非情況的なトレーニングはスキルの獲得には役立たないが、基礎運動スキルだなんだと前転をやらせたり、側転やらせたり、倒立させたりするよりは、よっぽどスキル前提としての動作の調節の養成に役立つ。方向転換を含むボール操作でしなやかさのための動作の調整が必要となる場合が多い。

トレーニングプログラムというコミュニケーションツール

何を教えるか、どう教えるか、どのように教えるか、という指導者の思考と言葉、働きかけのみが指導力と捉えられているが、トレーニングプログラムは言葉で教えられること以上のことが教えられる。言葉が限定的なのに対して、トレーニングプログラムという環境は行動を方向づけながらも、自由な解釈と行動を持たせることができるからだ。

指導者の働きかけが大事なことは確かであるが、学習という学ぶ側の観点から指導を逆算的に考えることも重要だし、運動の特性を考えるとサッカーの知が知識ではないことがわかる。

これからも、サッカーの知とは何か サッカーの知をどのように伝えていくか、を考え続けていきたい。

※こちらもご覧ください。

「育成と勝敗のどちらが大事であるか」という二項対立の図式を超えて
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/junior-football/

教えない指導は指導と言えるのか 指導者という存在と指導という営みについて
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/coach-not-teach/

サッカーはサッカーをしなければ上手くならない サッカーはサッカーだけをしていても上手くならない
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/soccer-sports/

育成年代のスポーツは遊びか、競技か、教育か スポーツと共に歩むために
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/sports-competition-play-education/

 

執筆者

Football Coaching Laboratory代表 髙田有人

選手時代にはブラジルでの国際大会や、数多くの全国大会を経験。高校卒業と同時に指導者活動をスタートし、地域のジュニア年代で約10年の指導経験がある。指導者としてドイツへの短期留学やサッカーの枠を超えて、教育学、スポーツ思想・哲学、身体論など様々な分野に精通しており、全人格的な育成の可能性と実践、そのための指導者の養成と、好きなスポーツを見つける、多様なスポーツを体験できる場の創出をテーマとし、情報サイトFootball Coaching Laboratoryの運営、勉強会、トークショーの開催、マルチ型スポーツアカデミーAC VIRDSの企画・運営をしている。

 

 

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