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2017.02.09

ウェイトトレーニングとスポーツパフォーマンス

近年では、スポーツパフォーマンスを向上させる手段としてウェイトトレーニングを行う事が常識的な選択肢の1つとして挙げられるようになった。こうした状況は十数年前までは想像もつかなかった事で、当時は「ボールより重いものを持つな」とか、「競技の筋力は競技でしか鍛えられない」という意見を述べる指導者は珍しい存在ではなかったように思う。

 一般的な競技のためのウェイトトレーニングとは、筋肥大期から運動単位動員および神経発火頻度の増加を目的とした筋力期、筋力を速度に転換するパワー期といったようにピリオダイズされる事が多い。そして行われるプログラムの核となるものは「Big 3」と言われるスクワット・デッドリフト・ベンチプレス、そしてハイクリーンだろう。

 これらがどういった事情でBig 3として崇められるようになったのかその過程は置いておくとして、これらの種目の挙上重量の増加をトレーニングの目的として設定しているトレーニング指導者は、様々なトレーニング方法論が提案されている昨今においても少なからず存在する。

 しかし、様々な競技においてBig 3の計測を行っていくとある事に気が付く。Big 3の挙上重量と競技パフォーマンスの間には、あまり関連がない。

 ほとんどの競技パフォーマンスで重要な位置を占めるのはスキルであり、Big 3で重い重量を挙げられるようになっても、スキルが向上する訳ではない。

 Big 3の挙上重量が向上すれば、より高度な競技スキルの獲得に役立つとする指導者もいるが、ウェイトトレーニングで行われる極めて直線的かつ弾道的で粗大な力発揮が、巧緻性に富んだスキルの獲得に直接的に貢献する事は考えにくい。

 なかには、バックスクワットの挙上姿勢をそのまま競技のレディポジションとして指導している者もいる。膝をつま先より後方に引き脛骨を地面に対し垂直に保ち腰椎を過剰に前湾させ、つま先にはほとんど体重がかかっていないような姿勢は、ただただヘビーなスクワットを行うには適しているのかも知れないが、多方向に移動する事が要求される競技においては不合理の極みだろう。そもそも下腿の前傾を伴わない下方向への重心移動など、身体運動として非常に不自然だという事に、運動指導を通じて気付かないのだろうか。

 ウェイトトレーニングはジム内での筋力やパワーの向上には貢献するだろう。しかし、フィールド上での競技パフォーマンスには貢献しない場合が多々あるだろう。ウェイトトレーニングをやりこんでも下手な選手は下手なままだ。

 競技パフォーマンスの構成要因として「筋力」が占める割合は意外なほど大きくない。それは、身体運動が以下のような感覚の統合に基礎を置いている事からも言える。

・視覚

・聴覚

・触覚

・嗅覚

・平衡感覚

・固有覚

 筋肉から得られた情報は固有覚として他の感覚と統合され、空間内における自己の位置の認識を作り出す。ここで重要な事は、筋肉が単なる力を発揮する収縮器官として働いている訳ではない事だ。筋肉は感覚器だ。収縮して力を出す事だけが筋肉の役割だと認識してしまうと、その時点で「トレーニングとは何か?」を見誤ってしまうだろう。

 また、手段的に行われる作業は感覚作業×運動作業×空間作業の集合であるとされている。「収縮器としての筋肉」という認識では、筋の収縮感という感覚作業にのみフォーカスしてしまい、作業の洗練は得られないだろう。

 例えばベンチプレスを行う時、「空間のどこに」挙げるかを強く意識する事はほとんどないだろう。スクワットを行う時に「どの空間に向けて」身体を移動させるか意識する事もないだろう。筋肉の収縮を意識するように指導しても、身体と空間の関係、つまり空間作業について指導する事はほとんど行われていない。空間作業を欠いた運動は、目的を持たないに等しい。

一昔前に日本のあらゆるスポーツ現場で行われていた「根性論」的または「感覚論」的な指導に対し、ウェイトトレーニングは「科学的トレーニング」という触れ込みでスポーツシーンに浸透していった。しかし、それは筋肉の持つ多面的な機能の一側面だけにフォーカスした「科学」だったのではないだろうか?

 

※こちらも合わせてお読みいただけると理解が深まります。
ファンクショナルトレーニングの本質
https://fcl-education.com/training/performance/functional-training-honsitu/

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業

□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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