2018.10.03
何のための「速さ」か スピードトレーニングとスポーツパフォーマンス
スピードを向上させるトレーニングをやってほしい、と言われる事がよくある。
スポーツにおける「スピード」への信仰は篤く、スピードトレーニングというジャンルが成立しているくらいで、チームによってはスピードトレーニングを導入するために陸上短距離の選手をトレーニング期間中は招いています、という話や、陸上短距離の選手に走り方の指導をお願いしています、というような話はしょっちゅう耳にする。
確かに陸上競技短距離は「スピード」に特化した競技であるし、「走る」ことのエキスパートである事は間違いない。
だが、多くのスポーツにおけるスピードは、単に100mを何秒で走れるか、といった直線的で一方向性の「スピード」とは全く異なる事が多い。
対人競技におけるスピード
例えばラグビーやアメリカンフットボール、バスケットボールといった相手選手とのコンタクトや多方向への方向転換を頻繁に含む競技の選手が、陸上短距離のような高重心の走り方を行っていたら、軽いコンタクトにも耐えられないだろうし急激な方向転換は極めて困難だろう。
スタートの速さを高めるという目的を設定していたとしても、完全に頭を下げて視野を外界から切り、内的感覚と銃砲に集中する陸上短距離のスタート動作と、相手がいて、相手を崩し、その崩れた一瞬にスピード発揮をする対人競技では根本的な「スピード」への認識が異なる。
陸上競技における「スピード」が、時間という絶対的な存在との関わりである一方、対人競技における「スピード」は、「相手」や「状況」との相対的な関係の中に成立するものと言えるだろう。
対人競技においては、相手と状況の存在無くして「スピード」という概念は存在しない。
一言で言ってしまえば、サッカー選手が陸上短距離の走法を完全に習得したところで、大した意味は無い。
それらは似て非なるもの、だからだ。
もし対人競技における「スピード」向上のためのトレーニングをプログラムするのなら、まず相手との関係性、そして状況設定が重要となる。
そして従属的に走フォームや競技姿勢の設定が必要となる。
ほとんどの場合に「スピードトレーニング」というものは、フォームや姿勢ばかりがフォーカスされてしまい、相手との関係やその状況は無視されやすい。
繰り返しになるが、実際のスポーツにおける「スピード」は、単に速い事よりも、その速さを状況に応じてコントロールする技術こそが必要とされる。
陥りがちな思考パターンの罠
これは所謂アジリティトレーニングやクイックネストレーニングと言われるものも同様だ。
アジリティを向上させたいからラダーだ、ライントレーニングだという思考は浅薄の極みで、任意の決まった形状に対して任意の決まった反復動作を行うというトレーニングは、実際の競技動作には全く反映されない場合が多い。
なぜなら、実際の競技では地面に置かれたハシゴをまたぐ訳ではないし、地面に書かれた直線を飛び越える訳ではないからだ。
言ってしまえば、これらは「ラダートレーニングのためのラダートレーニング」、「ライントレーニングのためのライントレーニング」に過ぎない。
それ自体が出来るようになるだけで、それ以上の意味はない。
こうした事はスポーツの現場では多々ある。
「後半バテる選手が多いから、競技時間と同じ80分間ランニングさせろ」とか、「全員反復横跳びを80点超えさせろ」と言った類の、競技という複雑なものをトレーニングや練習で再現する事を諦めて、似たように見える全然違う単純なものに代替させて指導した気になってしまうという思考パターン。
エルゴメーターを30秒漕ぐと競技に似たエネルギー代謝になるから30秒間自転車を全力で漕がせれば試合でも走れるようになるという思考パターン。
スクワットで体重の3倍挙がればジャンプ高が向上して空中戦を勝てるという思考パターン。
これらは全て同じ思考パターンで、競技における相手との関わりや状況への判断に対するトレーニングを考慮せず、閉鎖的で様式的な動作を繰り返す「動作のための動作」や、筋肉や代謝といった「科学的」な観点のみで考えられた「トレーニングのためのトレーニング」をやっているに過ぎないし、これでは競技とトレーニングの断絶は一向に埋まらない。
トレーニングをプログラムする時に、よく思い出す話がある。
競走馬の走行中の血中乳酸濃度は、レース中と練習中では全く異なると言う。
試合には馬でも緊張し、血中乳酸濃度は格段に高まると。
いくら閉鎖的な環境である動作が洗練化されても、対人という状況下でその動作が再現できる訳ではない。
いくら閉鎖的な環境で単純動作の繰り返し回数が向上しても、対人という状況下でそれが「体力、持久力」として再現できる訳ではない。
ゲームライクとトレーニング目的
トレーナーという仕事は、負荷の設定と姿勢の規定が主な仕事だと思われがちだが、そうではない。
競技のためのトレーニングを考える時、いかにゲームライクで、トレーニング目的に沿った環境を設定できるかが重要だ。
そして、そのように考える時、トレーニングを「スピード、アジリティ」といった要素に還元して考える事そのものが的外れであるのかも知れない可能性に気がつくのではないだろうか。
※こちらも合わせてご覧ください
〈体幹神話〉の問い直し 体幹トレーニングは競技力向上に繋がるのか
https://fcl-education.com/training/performance/core-training-move-sport/
ファンクショナルトレーニングの本質
https://fcl-education.com/training/performance/functional-training-honsitu/
執筆者紹介
山木伸允
Movefree代表
Athla conditioning arts 代表
□サポート経歴
桐光学園高校バスケットボール部
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他
□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修単位取得満期退学
日本鍼灸理療専門学校卒業
□保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士
他