《よく動く柔らかい肩甲骨》がパフォーマンス向上に繋がる、という発想を超えて

「肩甲骨が良く動く方が良い」という言葉を聞く事がある。

実際に様々な競技のウォーミングアップを見ていると、胸郭から肩甲骨を独立させて動かす事を目的とした動作が多く行われている事に気付く。

身体の後ろで左右の肘同士が触れ合う事を「肩甲骨が柔らかい」等と言って、身体的美点のように報じるメディアや、もっともらしい顔で「彼のパフォーマンスの高さは肩甲骨の柔軟性にある」等と言っているトレーナーも多く目にする事がある。

一部の治療家は「肩甲骨」の動きに対する期待が大きいのか、「肩甲骨はがし」と言った手技を売り物にしているのも見かける。

一方で、海外からは「肩甲骨は安定して、胸郭は動いて、腰椎は安定して、股関節は動いて、膝は安定して、足関節は動いていると運動が行いやすい !」

という考え方が紹介されたりもする。

実際には、肩甲骨だけで運動が発生するような運動は存在し得ないし、解剖学的構造の役割を「安定or可動」のような二分法的思考で判断する事自体が誤りだろう。

また、ヒトの構造の役割を考える時に、ヒトの身体だけからその意義を考える事には限界がある。

生物の進化の過程から、何故その構造が必要とされてきたのか、その役割はどのように変化してきたのか、他の生物との存在意義の差異は何か?等に目を向ける事が重要だ。

肩甲骨について考えると、その発生は4億年程度前のデボン紀に遡る。

この時代は「魚の時代」とも呼ばれる程、魚類の繁栄が著しい。

この頃に口には顎、身体には対になるヒレを有する魚類が発生したが、このヒレの最も体幹に近い部分が「肩甲骨」の起源だ。

顎を有した魚達は捕食を目的に運動性を増したが、その運動性を支えたのがヒレだ。

ヒレで水をかく時には、水から受ける反力がヒレを介して体幹に伝わる。肩甲骨はその反力に抵抗するための基部として発達した。

陸に上がった生物では、初期には肩甲骨は分裂しているが、重力に抵抗するための荷重関節として癒合し一つの骨となる。

ヒトや哺乳類の形状と大きく異る点は、胸骨や鎖骨、烏口骨(ヒトでは烏口突起)を介してカップ状に体幹を支える構造になっている事だ。

これは、地面と体幹を近くに位置させるよう四肢が横方向に張り出す構造を骨で支えるためであるが、ヒレを安定させる目的である魚類の肩甲骨とは異なり、両生類や爬虫類では、身体を支える脚の基盤として肩甲骨が存在している事が分かる。

哺乳類では、四肢が体幹の下方に伸び、肩甲骨は体幹の真横に位置し、上腕骨とは垂直方向に直列する。

体幹との結合は主に筋等の軟部組織による点が爬虫類等とは大きく異なる点だ。

木登りや穴掘り、飛行等を行う哺乳類の肩甲骨は鎖骨を介して胸郭と結合するが、草原で生活し走る事に長けている種やしがみ付く動作を行わない種では鎖骨は退化して存在しないか、痕跡的になっている。

哺乳類ではその体高の高さや移動の速度から、運動時に身体に加わる衝撃は爬虫類等よりはるかに強いものとなるが、骨組織での衝撃吸収は骨折のリスクを伴うため、より柔軟に衝撃を緩和できる軟部組織によって体幹と肩甲骨の結合が成されている。

こうした事から、四足哺乳類の肩甲骨は、胸郭と分離することでクッションとしての役割を強化したものである事が分かる。

樹上での生活を選択したサル達、特にメガネザル以降の雲梯運動を行うサル達の肩甲骨の変化はダイナミックだ。

まず、手を頭上にあげるという運動を達成するために、肩甲骨は胸郭の横から背面へと移動した。

今までは肩甲骨と上腕骨は垂直に直列していたが、雲梯のおかげで肩甲骨と上腕骨は直交に近い関係となった。

この変化は同時に、上肢の横方向への運動を可能にした。今日、我々は横方向に何気なく手を伸ばせるが、これは雲梯の産物だ。

四足哺乳類では脚を地面についているため、常に関節に対して圧力が加わるが、雲梯を移動手段とするサル達では、関節に対して牽引する力が強く働く事となる。

こうした肩に加わる力の変化は、身体を支え衝撃を緩和するための上肢という構造から、より多様な方向に対し動的に安定する上肢を生んだ。

やがて一部のサルは地上へと降りる選択をするが、雲梯によって得た体幹の垂直化や、上肢の様々な方向への動的安定性が二足歩行の発端になったのだろう。

手は地面や枝から離れ、3次元空間の中であらゆる方向に運動させる事が可能になった。

鉛筆で字を書くような運動では、肩甲骨は胸郭に対し安定し、上腕骨以降を自由に操作させる。

地面に手を付いた状態で体重をかけるような、上肢に対し一方向性に強い力が加わる運動では肩甲骨と上腕骨の位置関係を直交に近づけ、あたかも一塊となって安定性を増す。

投球等のダイナミックな運動では全身が協調し、全ての解剖学的構造が安定と動きに関与する。

競技の局面に応じて、「肩甲骨が柔らかい方が良い」事もあれば、「肩甲骨は動かない方が良い」事もあるだろう。

「達成すべき運動に対し、何が一番適切なのか?」を考える事に意味があるのであり、運動のテーマも決定せずに「良いor 悪い」といった二元論を展開するのは思考停止そのものだろう。

成り立ちを知れば意義が分かり、意義が分かれば最適解に近づく事ができる。

生物の成り立ちを知る事は、何よりもヒトの身体を理解する事になるのではないだろうか。

 

※「体」について理解を深めるために、こちらも合わせてご覧ください。

〈体幹神話〉の問い直し 体幹トレーニングは競技力向上に繋がるのか
https://fcl-education.com/training/performance/core-training-move-sport/

スポーツにおいて「良い姿勢」という絶対解は存在するのか
https://fcl-education.com/raising/sportsmanship/sports-posture/

 

執筆者紹介
山木伸允

Movefree代表 
Athla conditioning arts 代表 

□サポート経歴
慶應義塾大学体育会バスケットボール部
慶應義塾大学体育会剣道部
早稲田大学アルティメット部
明治大学体育会バスケットボール部
明治大学体育会バレーボール部
bjリーグ京都ハンナリーズ
bjリーグ東京サンレーヴス 他

□学歴
早稲田大学商学部卒業
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程修了
慶應義塾大学大学院後期博士課程健康マネジメント研究科スポーツマネジメント専修在籍
日本鍼灸理療専門学校卒業

保有資格
ナショナルストレンス&コンディショニング協会認定スペシャリスト
日本体育協会公認アスレティックトレーナー
鍼灸あん摩マッサージ指圧師
National Academy of Sports Medicine Performance Enhancement Specialist / Corrective Exercise Specialist
EXOS Performance Specialist
メンタルケア学術学会メンタルケア心理士

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