2018.02.26
なぜ怪我を繰り返してしまうのか 根本的な理解に向けて【後編】
怪我と体力、社会の変化
怪我へ影響与えるものとして、どのような体力レベルを備えているかは、大きな要因となります。
体力を厳密に定義することは難しいですが、ここで述べる体力とは、「ストレスに耐えて、生を維持していく身体の防衛能力と、積極的に仕事をしていく身体の行動力」を指します(猪飼、1970)。
この体力は「運動をするための行動体力」と「健康に生活するための防衛体力」分けることができます。スポーツに直接関係するのは「運動をするための体力」となります。その構成要素は形態(体格-体型、姿勢など)、機能(敏捷性、筋力、パワーなど)になり、それを支えるのが「健康に生活するための防衛体力」となります。
人類の歴史において、そのほとんどは狩猟採集により生活の糧を得ていました。人間は、その時代には、1日に平均15km移動していたと推定されています(Liebenberg,2006)。
しかし、社会のデジタル化、機械化によって生活はずいぶん便利なものになり、今では、生活の中で水を汲みに出かけたり、重い荷物を持って移動したりといった作業をする人は、ほとんどいないと言っていいでしょう。
もともと、これほどの活動量があるなかで進化し、デザインされている人間の身体にとって現代の身体活動を伴わない生活は、「運動をするための体力」はもちろんですが、「健康に生活するための体力」を維持するのに向いていないと言えます。
現代の便利な生活の問題点が浮かび上がる中で、ここ最近、座りすぎの弊害が指摘されるようになってきました。WHOにより推奨されている運動を毎日実施していたとしても、1日の座っている時間が11時間以上の成人は、4時間未満の成人に比べ、総死亡のリスクが1.4倍高くなることが報告されています(van der Ploeg,et al、2012)。座っている時間が長い生活習慣が、スポーツをするための基盤となる「健康に生活するための防衛体力」へ悪影響を与えていることが示唆されます。
また、日常生活の活動度が1日4000歩未満の大人では、明らかな病気がなくとも筋力と太ももの太さが小さくなっていたとの報告もあります(田中ほか,1990)。
このような状態でスポーツに取り組むのは、基礎知識がないまま応用問題に取り組んでしまっている状態と言えます。
この問題は、大人だけでなく、日常の遊びがテレビゲームなど身体を使わないものに変わってきている子どもにもみられるものです。
怪我を繰り返してしまうなどの問題を抱えている場合、極端に活動量が少ない生活習慣が背景にあるならば、その習慣を改めることが根本的な解決への第一歩となります。
子どもの体力
文部科学省が行っている「体力・運動能力調査」によると、現在の子どもの体力・運動能力が30年前の昭和60年頃をピークに低下していると言われています。
子どもの体力低下の背景として、平成14年の中央審議会による「こどもの体力向上のための総合的な方策について」の答申では、以下のように指摘しています。
・外遊びやスポーツの重要性の軽視など国民の意識
・子供を取り巻く環境の問題
・生活が便利になるなどの子供の生活全般の変化
・スポーツや外遊びに不可欠な要素(時間、空間、仲間)の減少など
・就寝時間の遅さ、朝食欠食や栄養バランスの取れていない食事など子どもの生活習慣の乱れ
現代の生活環境においては、基礎的な体力を養うための時間・空間・仲間を確保することが難しくなっていると考えられます。
このような生活環境では、子どもがスポーツ教室やクラブなどで運動機会を得ることも多いと思われますが、年齢の低い時期に一つのスポーツをやりすぎることの弊害も指摘されています。
2017年、「British Journal of Sports Medicine」に米エモリー大学整形外科・家庭医学准教授のNeeru Jayanthi氏らによる、7~18歳の若い運動選手1,200人近くを対象にスポーツ外傷のリスクを評価した研究が掲載されました。その中では、12歳未満で1つの競技スポーツに高度に特化した選手に、繰り返しの怪我が多かったことが報告されています。
1つの競技に特化しはじめた年齢が12歳以降だった選手は怪我が少ない傾向にあり、早期に1つの競技に集中することの弊害が指摘されています。
Jayanthi氏は、年間で3カ月以上の休みを取ること、1週間の練習時間は自分の年齢よりも少なくすることなどを提言しており、まだ運動機能が成熟していない段階での過度な同一刺激は避けるべきであると言えます。
遊びの重要性
中村らは、子どものときに身につけておきたい36の基本動作に焦点をあてて運動プログラムを実践しています(中村,2011)。この基本動作には、姿勢を支える、移動する、道具を使うの、3つの領域があります。
スポーツにおける動作は、子どもの時に身につけた基本的動作の上に成り立っており、数ある基本動作の中の一部を取り出したものであるといえます。
本来であるならば、これらの基本的動作は、子どもたち同士の自然な遊びの中で身につけていくものと言われています。また、自由な遊びを行っている子どもの方が運動能能力が高いとの報告もあり、子どもの興味・関心に基づいた自発的な形での遊びが重要となります。
決して、スポーツが悪いというわけではないのですが、偏った運動を行っており、指導により型にはめることで本来の自由さを失っているという意識を、子どものスポーツ指導に関わる者は持たなくてはなりません。
子どもの意思で自由に遊べる、そのような時間、空間、仲間が十分に確保できない状況では、大人がそのような環境を意図的に作りだし、工夫していく必要があります。
心理的ストレスの影響
スポーツにおける怪我発生について、その心理的ストレスの影響のモデルがAndersen&Williamsによって「ストレスとスポーツ障害モデル」として発表されています(Andersen&Williams、1988)。
このモデルでは、生活の変化、日常でのストレス、過去の傷害などがストレッサー歴として選手に影響を与え、その結果スポーツ障害を起こりやすい状況がつくられるとしています。選手に起こるストレス経験時の反応としては、身体の筋緊張の変化、視野狭窄、注意散漫があげられ、ストレスが大きい環境などの要因が重なることで、怪我が起こりやすい身体状況に陥ると考えらえます。
しかし、同様ストレスを経験しても、怪我をしない競技者もいます。その違いは、優れた対処資源を持っているか、いないかの差と言われています。対処資源とは、対処行動(適切な休息やケア、問題の適切な処理など)、心理的対処スキル(ストレスフルな出来事の解釈、考え方など)、ソーシャルサポート(相談できる相手がいる、指導者の適切なアドバイスなど)であり、周囲の適切なサポートなど、大きすぎるストレスというものは、競技者個人で解決できる問題ではないことを表しているといえます。
後編では、心理・社会的要因と怪我の関係性について述べてきました。
怪我をするというのは、直接的には肉体的な要素が大きく影響します。しかし、その背景にある心理・社会的背景を理解しなければ、怪我が起こる状況が再びつくられてしまう可能性が高いと言えるでしょう。
特に、競技に直接関係する要素をすべて適切に管理していたのにもかかわらず怪我が起こってしまった、また怪我を繰り返すような場合には、その競技者についてより総合的に理解していく必要があると考えられます。
そこで大事なことは、怪我を理解しようとするのではなく、怪我した人間そのものを理解しようとし、全人間的にサポートしていく姿勢を持つことです。
スポーツは人生の一部であり、そこですべてが決まるものではありません。
その人の個性を大切にし、人間として大きく成長していくためにサポートを行っていくことが重要となります。
【参考文献】
猪飼 道夫 他(1970)体力と身体適正,体育科学辞典、第一法規出版
ダニエル・E・リバーマン 他(2015)人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病、早川書房
van der Ploeg,et al(2012)Sitting time and mortality:the AusDiab study.Circulation.121,
384-391
田中 他(1990)健常中高年者の日常生活の活動性と下肢筋力・横断面積-脳卒中片麻痺患者の廃用性筋萎縮予防に関する研究-,リハ医学27、459-463
平成28年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査 報告書、スポーツ庁
子供の体力向上ホームページ、日本レクリエーション協会
Neeru Jayanthi et al(2017)Sports specialized risks for reinjury in young athletes: British Journal of Sports Medicine FEB 51(4)
中村 和彦(2011)運動神経がよくなる本、マキノ出版
青木 邦男、松本 耕二(1999)スポーツ外傷・障害と心理社会的要因、山口県立大学看護学部紀要 第3号
※こちらも合わせてご覧ください
なぜ怪我を繰り返してしまうのか 根本的な理解に向けて【前編】
https://fcl-education.com/training/sports-injury/injury-mentality-society/
執筆者
永田将行
理学療法士
NPO法人ペインヘルスケアネットワーク プロボノ
東小金井さくらクリニック
慢性痛に対する運動療法を中心に、一般の方からスポーツ選手まで幅広い方々にリハビリテーションを提供しています。