2019.10.04
サッカーの言語化で見落としてはいけないサッカーのリアル
「サッカーの言語化が必要だ」
SNS上ではなんだかいろんな言葉があっちへ行ったりこっちへ行ったりしている気がする。サッカー先進国に倣えと、学術的にサッカーをとらえる傾向が強い人たちが増えてきたようだ。それ自体を否定したりしないし、そうした取り組みは間違いなく意味のあるものになるはずだ。高い学習意欲の表れということもできる。
だけど、何でもかんでも言葉に当てはめて考えることすべて正しいアプローチなわけではない。聞きかじった専門用語でピッチ上の条件すべてを説明しようとすると、どこかでつじつまが合わない現象も起きてしまう。ピッチで起こったことを言葉で説明するのではなく、その言葉にあったプレーをピッチの中から探してしまっていたら、それは本末転倒でしかない。
ハーフスペースを例に
例えばハーフスペースという戦術用語がある。グラウンドを縦に5分割してみたときの真ん中と大外の間にあるスペースをそう呼んでいる。大外すぎず、真ん中すぎないこのハーフスペースでボールを受けると、ゴールに向かってボールを運びやすいみたいな表現を使う人がいるが、ハーフスペース自体が別に絶対的な力を持つ何かなわけではない。ピッチ上のどこでボールを受けるのかが、重要なわけではないのだ。相手チームとの相関図の中で、パスを引き出し、ボールをつなぎ合わせる意図を結び付けていくことが肝心であり、そのために一つ一つのプレーの目的がかみ合っていかなければならない。
例えばドイツ代表でレアルマドリードでプレーするトニー・クロースはハーフスペースではなく、大外のスペースにもよく顔を出す。セオリーで言えばボランチの選手はセンター、ハーフスペースで動くことが大切とされている。ボールロスト時のリカバリーに出遅れてカウンターに対処できないリスクがあったり、攻撃でもボランチの選手が動きすぎると起点が作りにくいということはよく言われるのも確かだ。では、ハーフスペースにポジションを取らないことを批判的にとらえる必要性がどこかにでもあるのだろうか?
ピッチのリアル
実際にピッチで起こっているプレーを見たらそうではないことがわかるはずだ。ワイドに動いてパスを引き出し、マルセロのようなSBを前に押し出し、攻撃の起点を別の場所に移していくために、クロースは意図的に大外のスペースをよく使う。またそこからFWの選手に縦パスを当てたり、逆サイドのワイドな位置まで正確で鋭いサイドチェンジのボールを飛ばすこともできる。
選手は駒ではないし、ゲームのキャラクターでもない。数値化されたデータ通りの動きを必ずしてくれるわけもない。同じシステムでもそこにどんな選手がどんな狙いで起用されているかで、ピッチ上で披露されるサッカーは全然違う。スタジアムの雰囲気、チームのコンディション、あらゆるものが影響してくる。様々な前提条件を考慮したうえで、それぞれの選手にどんな特徴があり、どんな長所と短所があり、それをチームとしてどのようん活用しようとしているのか。そこを度外視して、システム論や戦術用語を強調したところで、それはサッカーとは程遠い空論でしかない。数的有利をどれだけ狙い通りに作ったところで、そこでボールを奪いきれなかったり、チャンスにつなげられないようでは意味がない。
サッカーのリアル
なぜ、世界中の名だたる名将がメンタルティや心構えを重要視するのか。それがなくてはサッカーにならないからだ。もちろん戦術も必須事項だ。それは疑いようもない。だが、一側面でしかないことも忘れてはいけない。不必要にサッカーを複雑化することは、結果として浅薄な見識につながってしまう恐れもあるのだ。
誰がやっても楽しく、誰がやってものめりこめる。だから世界中の多くの人々がサッカーを愛している。そんなシンプルさが絶対的なスタートであってほしい。
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執筆者
中野吉之伴
地域の中でサッカーを通じて人が育まれる環境に感銘を受けて渡独。様々なアマチュアチームでU-12からU-19チームで監督を歴任。09年7月にドイツ・サッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームで研修を積み、2016-17シーズンからドイツU-15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。『ドイツ流タテの突破力』(池田書店)監修、『世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書』(カンゼン)執筆。オフシーズンには「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に日本各地に足を運んで活動をしている。17年10月からはWEBマガジン「子供と育つ」(http://www.targma.jp/kichi-maga/)をスタート。